州間高速道路405号線の西を並走するソーテル通り(英語版)に沿って、南はピコ通り(英語版)から北はサンタモニカ大通り(英語版)までの約1マイルにわたって日本人街が形成されている。
1910年代からソーテルに日系1世が移住し始め、主に造園業などで生計を立てて居住していた。第二次世界大戦時には強制収容所に入れられていたが、終戦後に収容所から出た日系人はソーテルへ戻って寺院や学校を建設し、飲食ビジネスなども確立した。
市中心部(東部)のダウンタウンにある日本人街が「リトル・トーキョー」と呼ばれるのに対して、市西部にあることから「リトル・オーサカ」と呼ばれるようになったとされる。ジャック・フジモト(英語版)はその著書『Sawtelle: West Los Angeles's Japantown』に、大阪の名を付与された理由は数多くのカラフルな飲食店や商店の存在だったと記している。現在も日系のスーパーマーケットや日本食のレストラン、寿司店、ラーメン店、美容室、カラオケボックス、旅行会社などが軒を連ねている。
2015年2月25日、ロサンゼルス市議会は地元日系コミュニティから正式名称として嘆願された「ソーテル・ジャパンタウン」を全会一致で採択した[1]。同年3月29日にはソーテル通りとオリンピック通り(英語版)の交差点に「ソーテル・ジャパンタウン」の案内標識を設置するセレモニーが行われた[2]。