リベル・リンテウス
From Wikipedia, the free encyclopedia
リベル・リンテウスまたは、リベル・リンテウス・ザグラビエンシス(Liber Linteus Zagrabiensis、ラテン語で「(ザグレブの)リネンの書」を意味し、稀に Liber Agramensis「アグラムの書」とも呼ばれる)は、現存するエトルリア語文献のうち最長のものであり、また唯一の現存する亜麻布の書(libri lintei)である。紀元前3世紀に遡るとされ、現存するヨーロッパ最古の書物である可能性が高い。第2に長いエトルリア語文献であるタブラ・カプアナとともに祭暦であると考えられている。エトルリア語に関する知識が限られているため、本書の大部分はいまだ解読されていないが、判読可能な語句から、この文書は祭暦である可能性が高いことが示唆されている。Miles Beckwith(2008)は、この文書に関連して「過去三、四十年間で、エトルリア語の理解は著しく進展した」と述べており、L. B. van der Meer は全テキストについて逐語的な分析を公刊している[1][2][3]。
本書の素材である亜麻布は、プトレマイオス朝エジプトにおいてミイラの包布として再利用されたことで保存された。ミイラは1848年にアレクサンドリアで購入され、1867年以来、ミイラと写本はクロアチア・ザグレブに保管され、現在はザグレブ考古学博物館の低温管理室に収蔵されている。

1848年、ハンガリー王室官房に勤務していた下級クロアチア人官吏 ミハイロ・バリッチ(Mihajlo Barić, 1791–1859)は、その職を辞し、エジプトを含むいくつかの国々を巡る旅に出た。アレクサンドリア滞在中、彼は旅の土産として女性のミイラを収めた石棺を購入した。バリッチはウィーンの自宅でミイラを展示し、居間の隅に立てて置いていた。その後、彼は亜麻布の包帯を取り外し、別のガラスケースに陳列したが、布に刻まれた銘文やその重要性には気づかなかったと見られる。
このミイラは彼の自宅に展示されたまま、1859年にバリッチが死去するまで残され、その後は彼の弟でスラヴォニアの司祭であった イリヤ の所有となった。しかし、イリヤはミイラに関心を示さなかったため、1867年にクロアチア・スラヴォニア・ダルマチア国立研究所(現在のザグレブ考古学博物館)に寄贈した。同館の目録には、次のように記載されている。
- 「若い女性のミイラ(包帯は除去済み)がガラスケース内に直立しており、鉄製の棒によって支えられている。別のガラスケースには、未知かつ未解読の言語で全面的に文字が記されたミイラの包帯が収められており、これは国立博物館にとって卓越した至宝をなすものである。」
ミイラとその包帯は同年、ドイツのエジプト学者ハインリヒ・ブルグシュによって調査された。彼は包帯上の文字に気づいたが、それをエジプトのヒエログリフであると誤認したため、さらなる研究は行わなかった。1877年になって、偶然の機会にリチャード・バートンとルーン文字について語り合ったことから、その文字がエジプト起源ではないことに気づいた。二人は当該文書が潜在的に重要であることを認識したものの、誤ってアラビア文字による『死者の書』の転写であると結論づけてしまった。
1891年、包帯はウィーンに移送され、コプト語の専門家であるヤーコプ・クラルによって精査された。彼は当初、その文字がコプト語、リビア語、あるいはカリア語であると予期していた。しかし1892年、クラルは最初にその言語がエトルリア語であることを特定し、断片を再構成した。彼の研究によって、当該リネン包帯がエトルリア語で記された写本であることが初めて確立されたのである[4]。 当初、このミイラの出土地および身元は、その発掘と売買が正規の手続きを経ていなかったため不明であった。そのため、当該ミイラが『リベル・リンテウス』あるいはエトルリア人と何らかの関係を有していたのではないかという推測がなされた。彼女の石棺の内部からは一巻のパピルスが発見され、それは『死者の書』であると同定された。この文書にはテーベ出身の仕立屋パヘル=ヘンスの妻であるエジプト人女性ネシ=ヘンスの名が記されていた。この発見は、当該ミイラがパピルスに言及されるネシ=ヘンスであることを示唆する証拠として用いられてきた[5] 。しかし、その後のパピルス分析によれば、パピルスの年代はミイラよりもおよそ一世紀遅れることが判明し、ミイラがネシ=ヘンス本人ではない可能性が示唆されている[6]。
彼女は没時30歳から40歳であり、首飾りを身に着け、髪には花と金の痕跡が認められた。副葬品として添えられた花冠の断片の中からは、猫の頭蓋骨が発見されている[7]。
テキスト


起源と時期
書誌学的根拠に基づけば、この写本は紀元前250年頃に制作されたと考えられる(ただしリネン織物そのものの製作年代は放射性炭素年代測定により紀元前390年±45年とされている)[8]。本文中に言及される特定の地方神の名から、『リベル・リンテウス』の制作地はトラジメーノ湖周辺のトスカーナ南東部に限定され、そこにはアレッツォ、ペルージャ、キウージ、コルトーナという主要な四つのエトルリア都市が所在していた[9]。
構造
本書は右から左へ十二の欄に区切られており、それぞれが一つの「頁」に相当する。最初の三欄の大部分は欠落しており、書物の冒頭がどこであったのかは不明である。末尾に近づくにつれ本文はほぼ完全に残っているが、全体を通して縦に一本、布の全長にわたる細長い欠落部分が存在する。最終頁の終端部では布地が白紙となり、布端(selvage)が完全な形で残存していることから、これが書物の終わりであることが確実に示される。 現存する本文は全体で230行、判読可能な語は1330語に及ぶが、語根の異なる語はおよそ500にすぎない[10]。保存状態は全体の約60%程度と推定されている。本文の記述には黒インクが用いられ、行分けや発音区別記号には赤インクが用いられている[11]。
使用時には巻物のように連続して巻かれるのではなく、各頁が互いに重なるように折り畳まれており、今日のコデックス形式に類似していたと考えられる。ユリウス・カエサルも遠征時には巻物を同様の蛇腹折りにして携帯したと伝えられている。
内容
エトルリア語は完全には理解されていないが、多くの語や句が解読可能であり、主題についての手がかりを与えている。本文中には日付や神々の名が繰り返し現れ、それによってこの書物が宗教暦であるという印象を与えている。このような暦はローマ世界にも知られており、祭儀や行列の日付だけでなく、儀式や典礼の内容までも記していた。失われた Etrusca disciplina は、複数のローマの古代学者によって言及されている[12]。
この文書が宗教的テキストであるという説は、典礼的あるいは奉献的意味を持つと推測される語句が繰り返し登場することによって強められている。『リベル・リンテウス』に見られる顕著な定型句には、第7欄における ceia hia の賛歌風の繰り返しや、śacnicstreś cilθś śpureśtreśc enaś という句の変形があり、ファン・デル・メールによって「聖なる兄弟団/司祭団 cilθ によって、そして共同体 enaś によって」と訳されている[13]。
儀式の具体的な詳細の多くは不明であるが、それらは都市の外で行われていたようであり、ときには特定の川の近くで、ときには丘や城塞の上で(あるいは少なくともそれらのために)、またときには墓地で行われていたらしい。現存する二つの明確な日付 ― 6.14 における6月18日と、8.2 における9月24日 ― に基づき、おおよそ次のように推定されている。すなわち、第1~5欄は6月以前の数か月(おそらく3月から始まり、序文その他の資料も含まれていた可能性がある)の儀式に関し、第6欄は6月の儀式、第7欄は7月およびおそらく8月の儀式、第8欄は9月の儀式、第9~12欄は10月から2月にかけての祭儀に関するものと考えられる。他にも数字が言及されており、それらもおそらく日付であろうが、月が明記されていないため、年のどこに位置するかを確定することはできない[14]。 この暦全体を通じて、どの種類の神々がどの月・どの季節において祭祀の対象とされるべきかについて、比較的明瞭な推移が認められる。特に、farθan fleres という語が前置されることによって際立っている二柱の神がある。これはおそらく「霊の(あるいは〜の中の霊の)守護神(もしくは父)」を意味すると思われる。その二柱とは、クラプ (Crap-) とネトゥンス (Neθuns) であり、前者はおそらくティン (Tin)、すなわちエトルリアのユピテルに相当し、後者は大まかにラテン語のネプトゥヌスに相当する。注目すべきは、クラプ/ユピテルが本文の前半(第3・4・6欄)、すなわち6月(特に夏至の6月21日以前)までに登場するものの、その後の暦の部分には(判読可能な限り)一切現れない点である。他方、ネトゥンス/ネプトゥヌスは、(これも判読可能な範囲で)前半の記述(すなわち初期の月・季節)には登場せず、秋分の9月21日以降、特に9月24日直後(8.3)に初めて現れ、さらに 8.11、9.18、9.22 にも記されている。
それと対比するように、θesan(「曙」)や Lusa といった光の神格は、暦の前半部分にのみ言及される。すなわち、θesan は 5.19–20 において θesan tini θesan eiseraś śeuś と記されており、おそらく「(光り輝く)ユピテルの曙」および「暗黒の神々の曙」を意味し、これはおそらく金星を明けの明星と宵の明星として指すものと考えられる。また Lusa は 6.9 に言及される。これに対し、明確に冥界の神々を指すとされる語彙は暦の後半にのみ出現する。すなわち、Satrs(「サトゥルヌス/クロノス」、11.f4)、Caθ-(第10・12欄)、Ceu-(7.8)、Velθa(第7・10・11欄)、そして Veive-/Vetis(ラテン語の Veiovis/Vedius に相当、van der Meer によれば「冥界のユピテル」とされる)が第10・11欄に現れる。
ただし、冥界の神格とみなされるものの中には、両方の部分に出現するものもある。たとえば Zer は第4・5・9欄に現れ、また Lur も冥界的な神と考えられるが、第5・6欄にのみ言及される。van der Meer は、これらの神々の祭儀が行われる暦上の位置は、ピアチェンツァの肝臓模型(Liver of Piacenza)および他のエトルリア資料に見られる神々の配置に対応しており、彼らが天界あるいは神的領域をいかに区分していたかを示唆していると主張する[15]。一方で Belfiore は、Crap を冥界神であると見なしている[16]。
本書に記される儀礼には多様な種類があり、その一般的な総称は eis-na / ais-na(直訳すれば「神々のために、神的行為」)であると思われる。最も頻繁に言及されるものには、vacl(おそらく「献酒」、通常は vinum「ワイン」、ときに特に「新酒」、あるいは faś「油」やその他正体不明の液体)、nunθen(「祈願する」あるいは「祈願を伴って供える」)、θez-(おそらく「犠牲を捧げる」、あるいは「供物を提示する」)があり、fler(χva)「犠牲/供物」と結びつき、しばしば zusle(va)「子豚(または他の動物)」が犠牲にされる。供物や犠牲の奉献場所は多岐にわたり、右側あるいは左側 hamΦeś leiveś(およびその異形)、火上 raχθ、石(祭壇か?)上 luθt(i)、地面上 cel-i、装飾の施された(?)担架 cletram śrenχve などが挙げられる。儀礼はしばしば三度繰り返され (ci-s-um / ci-z)、また多くの場合、朝 cla θesan に行われるか、あるいはその時点で終了する。この cla θesan という語は本書の文脈において儀式の終了を示す標識であると見られ、なぜならその後に空白行が続き、新たな(部分的あるいは完全な)日付が続くからである。第7欄(7月および/あるいは8月か)は、アフロディーテの恋人アドニスの死を哀悼する葬送的祭儀 ― いわゆるアドニア祭 ― に関連する一連の葬礼儀式の記述に充てられている可能性がある。
リベル・リンテウスには、様々な種類の祭司(cepen)が言及されているが、ここで言及されるのは明らかに市民ではなく、彼らの正確な区別は完全には明らかではない。例えば、tutin「村の(の)」(推定);ceren および θaurχ は共に「墓の(の)」を意味する;cilθ-l/cva は「砦・丘上の(の)」を指すと考えられる。さらに不明瞭な祭司の種類としては、以下の語が挙げられる(祭司を指すかどうかも不明):zec, zac, sve, θe, cluctra, flanaχ, χuru(「長官的」?)、snuiuΦ(「常勤」?)、cnticn-(「臨時」?)、truθur(「雷を解釈する予兆官」?)、peθereni(「神 Peθan の者」?)、saucsaθ(「神 Saucne に属する祭司または聖域」?)。例えば3.15(3.15–3.17)では、次の記述が見られる:
vacl . an . ścanince . saucsaθ . persin / cletram . śrenχve . iχ . ścanince . ciz . vacl / ara
これを概訳すると次のようになる:
「Sauc- Pers- に対して注がれるべき液体供物は、以前と同様に装飾された輿の上で行うこと;この 液体供物は三度行うこと。」[17]
この記述は、リベル・リンテウスと、偶然にももう一つの最長級のエトルリア語文献であり、儀礼暦であるタブラ・カプアナ(Tabula Capuana, line 2)との注目すべき関連を示している。両文献において、語根 sauc- が vacl「献酒」とともに出現し、両文書のいずれにおいてもおそらく3月に対応する部分に配置されている(ただし、この月はいずれの文献にも明示的には記されていない)[18]。
テキストの例と部分訳
第3欄、C帯(原文には単語間に中点以外の句読点は存在しない。ここに付した句読点は、原文と翻訳を照合しやすくするためのものである)
- 12 [fl]er, etnam tesim, etnam c[elucn],
- 13 cletram śren-χve. trin: θezi-ne χim fler
- 14 tarc. mutin um anancveś; nac cal tarc
- 15 θezi. vacl an ścanince saucsaθ . persin
- 16 cletram śrenχve iχ ścanince. clt vacl
- 17 ar-a. nunθene śaθ-aś, naχve heχz, male.
「犠牲(葬祭用であれ、冥界用であれ)は装飾された輿の上に置かれる。[その後]言う:『犠牲と犬(?)が捧げ物として献じられる』。そして杯を集め、次に子犬(?)と犬(?)を捧げる。サウクネ・ペルシの聖域で注がれた供犠は、装飾された輿の上で注がれた通りに行うこと。供犠は三度行うこと。犠牲を定められた通りに行い、適切に執行し、(適切な)儀式を守る(?)こと。」[19]
Persiは古名ペルシア(現ペルージャ)を指す可能性がある。最後の単語 male は、「鏡」を意味するよく知られたエトルリア語 mal(e)na や malstria と関連する[20]。
脚注
- ↑ Beckwith, Miles (2008) "Review of L.B. van der Meer, Liber Linteus Zagrabiensis," Rasenna: Journal of the Center for Etruscan Studies:↵Vol. 1: Iss. 1, Article 4.
- ↑ Liber Linteus Zagrabiensis. The Linen Book of Zagreb: A Comment on the Longest Etruscan Text. By L.B. VAN DER MEER. (Monographs on Antiquity.) Louvain: Peeters, 2007
- ↑ J. Krall's 1892 transcription of the entire text can be found at: https://archive.org/details/denkschriften4142ster/page/n277/mode/2up
- ↑ Krall, Jacob (lived 1857-1905) "Die etruskishen Mumienbinden des Agramer Naionalmuseums" Denkschirften der kaiserlichen Akademie der Wissenschaften, Philosophish-historische Klasse 41, III Abh. Wien 1892, 1-70
- ↑ “The Egyptian Collection: The Zagreb Mummy”. Archaeological Museum in Zagreb. 2016年9月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年2月7日閲覧。
- ↑ Uranić, Igor (2019), “Liber Linteus i Zagrebačka mumija”, Recikliraj, ideje iz prošlosti (Sveučilište u Zagrebu, Filozofski fakultet, Odsjek za arheologiju): pp. 113–115, doi:10.17234/9789531757232-07, ISBN 978-953-175-723-2, https://openbooks.ffzg.unizg.hr/index.php/FFpress/catalog/view/32/41/1555-1 2024年2月21日閲覧。
- ↑ Liber Linteus Zagrabiensis. The Linen Book of Zagreb: A Comment on the Longest Etruscan Text. By L.B. VAN DER MEER. (Monographs on Antiquity.) Louvain: Peeters, 2007. p. 5
- ↑ Liber Linteus Zagrabiensis. The Linen Book of Zagreb: A Comment on the Longest Etruscan Text. By L.B. VAN DER MEER. (Monographs on Antiquity.) Louvain: Peeters, 2007. p. 4
- ↑ Liber Linteus Zagrabiensis. The Linen Book of Zagreb: A Comment on the Longest Etruscan Text. By L.B. VAN DER MEER. (Monographs on Antiquity.) Louvain: Peeters, 2007. p. 9
- ↑ van der Meer, L. B. (2011) Review of V. Belfiore's Il liber linteus di Zagabria (2010) in Bryn Mawr Classical Review, 2011.1.36 https://bmcr.brynmawr.edu/2011/2011.01.36/
- ↑ van der Meer, L. B. (2007) Liber linteus zagrabiensis. The Linen Book of Zagreb. A Comment on the Longest Etruscan Text. Louvain/Dudley, MA 2007, p. 169
- ↑ Pallottino, M. (1975). Ridgway, David (ed.) The Etruscans Translated by Cremina, J (Revised and Enlarged ed.). Bloomington & London: Indiana University Press. p. 154. ISBN 0-253-32080-1.
- ↑ The phrase is restored at line 2.1‑2 and repeated at 2.3‑4+. Van der Meer's translation is " not significantly different from what can be found in other handbooks". See Beckwith, Miles (2008) "Review of L.B. van der Meer, "Liber Linteus Zagrabiensis", Rasenna: Journal of the Center for Etruscan Studies, ↵Vol. 1, Issue 1, Article 4.
- ↑ L. B. van der Meer Liber linteus zagrabiensis. The Linen Book of Zagreb. A Comment on the Longest Etruscan Text. Louvain/Dudley, MA 2007 pp. 28-43 et passim
- ↑ L. B. van der Meer Liber linteus zagrabiensis. The Linen Book of Zagreb. A Comment on the Longest Etruscan Text. Louvain/Dudley, MA 2007 pp. 28-43 et passim
- ↑ Belfiore, V. Il liber linteus di Zagabria: testualità e contenuto. Biblioteca di "Studi Etruschi" 50. Pisa/Roma: Fabrizio Serra editore, 2010. p. 195.
- ↑ L. B. van der Meer Liber linteus zagrabiensis. The Linen Book of Zagreb. A Comment on the Longest Etruscan Text. Louvain/Dudley, MA 2007 pp. 78-82
- ↑ L. B. van der Meer Liber linteus zagrabiensis. The Linen Book of Zagreb. A Comment on the Longest Etruscan Text. Louvain/Dudley, MA 2007 pp. 28-43 et passim
- ↑ L. B. van der Meer Liber linteus zagrabiensis. The Linen Book of Zagreb. A Comment on the Longest Etruscan Text. Louvain/Dudley, MA 2007 pp. 78-82
- ↑ L. B. van der Meer Liber linteus zagrabiensis. The Linen Book of Zagreb. A Comment on the Longest Etruscan Text. Louvain/Dudley, MA 2007 p. 82
書籍
- Krall, J. (1892-01-07). Tempsky, F.. ed (ドイツ語). Die etruskischen Mumienbinden des Agramer National-museums [The Etruscan mummy wrappings from the Zagreb national museum]. Denkschriften der K. Akademie der wissenschaften in Wien. Philosophisch-historische classe; bd. XLI. Wien. https://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=iau.31858002649469&view=1up&seq=249
- Rosenberg, A. (1912) "Zu den Agramer Mumienbinden" Göttingen: Vandenhoeck und Ruprecht Glotta (Göttingen), 1912, Vol.4 (1), p.51
- Grünwedel, A. (1922) Tusca. 1. Die Agramer mumienbinden. 2. Die inschrift des cippus von Perugia. 3. Die Pulena-rolle. 4. Das bleitäfelchen von Magliano. 5. Die leber von Piacenza. 6. Golini-grab I. 7. Die inschrift von Capua. Leipzig : K. W. Hiersemann. https://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=mdp.39015080335576&seq=92 (includes full text, pp. 69-91)
- Olzscha, K. (1934) "Aufbau und Gliederung in den Parallelstellen der Agramer Mumienbinden" I and II in Studi Etruschi VIII pp. 247 ff. and IX 1935 pp. 191 ff.
- Runes, M. and S. P. Corsten (1935) Der etruskische Text der Agramer Mumienbinden. Mit einem Glossar von S. P. Corsen Göttingen, Vandenhoeck & Ruprecht ("Forschungen zur griechischen und lateinischen Grammatik" volume 11).
- Olzscha, K. (1939) "Interpretation der Agramer Mumienbinden" in Klio Beiheft 40 Leipzig.
- Olzscha, K. (1959). “Die Kalendardaten der Agramer Mumienbinden” (ドイツ語). Aegyptus 39 (3/4): 340–355. ISSN 0001-9046. JSTOR 41215687.
- Pfiffig, A. J. (1963) "Studien zu den Agramer Mumienbinden" in Denkschriften der Österreichen Akademie der Wissenschaften, philosophisch-historische Klasse Bd. 81 Österreichische Akademie der Wissenschaften, Wien.
- Fowler, M and R. G. Wolfe (preparers) (1965) Materials for the Study of the Etruscan Language University of Wisconsin Press. pp. 108-112.
- Roncalli, F. (1978-1980) "Osservazioni sui libri lintei etruschi" in Rendiconti. Pontificia Accademia 51-52 [1982], pp. 3-21.
- Rix, H. (1985) "Il liber linteus di Zagabria" in Scrivere etrusco pp. 17-52.
- Pallottino, M. (1986) "Il libro etrusco della uimmia di Zagabria. Significato e valore storico e linguistico del documento" in Vjesnik Arheološkog Muzeja u Zagrebu 19, pp. 1-5.
- Pfiffig, A. J. (1986) "Zur Heuristik des Liber linteus zagrabiensis" Vjesnik Arheološkog Muzeja u Zagrebu 19, pp. 9–13.
- Flury-Lemberg, M. (1986) "Die Rekonstruktion des liber linteus Zagrabiensis oder die Mumienbinden von Zagreb," Vjesnik Arheološkog Muzeja u Zagrebu 19, pp. 73–79
- Mirnik, I., Rendić-Miočević, A. (1996) "Liber linteus Zagrbiensis I" Vjesnik Arheološkog Muzeja u Zagrebu 19, pp. 41–71.
- Mirnik, I., Rendić-Miočević, A. (1997) "Liber linteus Zagrbiensis II" Vjesnik Arheološkog Muzeja u Zagrebu 20, pp. 31–48.
- Rix, H. (1991) Etruskische Texte: Editio minor. I-II, Tübingen.
- Steinbauer, D.H. (1999) Neues Handbuch des Etruskischen (Studia Classica, Band 1) St. Katharinen.
- Wylin, Koen (2000) (イタリア語). Il verbo etrusco : ricerca morfosintattica delle forme usate in funzione verbale. Roma: L'Erma di Bretschneider. ISBN 978-88-8265-084-1. OCLC 44098559
- van der Meer, L. B. (2007) Liber linteus zagrabiensis. The Linen Book of Zagreb. A Comment on the Longest Etruscan Text. Louvain/Dudley, MA ISBN 978-90-429-2024-8.
- Turfa, J. M. (2008) Review of van der Meer, L. B. (2007) Liber linteus zagrabiensis. The Linen Book of Zagreb. A Comment on the Longest Etruscan Text. Louvain/Dudley, MA
- Woudhuizen, F. C. (2008). “Ritual prescriptions in the Etruscan Liber linteus”. Res Antiquae (Safran) 5: 281–296. ISSN 1781-1317. http://www.safran.be/proddetail.php?prod=RANT5_WO.
- Belfiore, V. (2010) Il liber linteus di Zagabria: testualità e contenuto. Biblioteca di Studi Etruschi 50 Pisa-Roma. ISBN 978-88-6227-194-3ISBN 978-88-6227-194-3.
- van der Meer, L. B. (2011) Review of V. Belfiore's Il liber linteus di Zagabria (2010) in Bryn Mawr Classical Review 1.36
- Meiser, G. (2012) "Umbrische Kulte im Liber Linteus?", in Kulte, Riten, religise Vorstellung bei den Etruskern, a cura di P.Amman, Wien, 163-172.
- Woudhuizen, F. C. (2013) The Liber linteus: A Word for Word Commentary to and Translation of the Longest Etruscan Text. Innsbrucker Beiträge zur Kulturwissenschaft, Neue Folge, Bd 5. Innsbruck: Institut für Sprachen und Literaturen der Universität Innsbruck Bereich Sprachwissenschaft. ISBN 9783851242317.
- Tikkanen, K. W. (2014) Review of Woudhuizen, F. C. (2013) in Bryn Mawr Classical Review 11.16
- Belfiore, V (2016) "Sacrifici cruenti e incruenti nei 'testi paralleli' del Liber Linteus," in: A.Ancillotti – A.Calderini – R.Massarelli (eds.), Forme e strutture della religione nell’Italia mediana antica / Forms and Structures of Religion in Ancient Central Italy, Atti del III Convegno dell’Istituto di Ricerche e Documentazione sugli antichi Umbri (IRDAU), Perugia – Gubbio, 21-25 settembre 2011, Roma. pp. 35-46.
- Belfiore, V. (2018) "La nozione di sacer in etrusco: dai riti del liber linteus a ritroso," in: T.Lanfranchi (ed.). Autour de la notion de sacer, Actes de la journée d’étude, Rome, 4 avril 2014, Roma. pp. 39-59.
- Dupraz, E. (2019) Tables Eugubines ombriennes et Livre de lin étrusque: Pour une reprise de la comparaison Herman: Paris ISBN 979-1037000903.