リュボーフィ・ヴォロンコーワ
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1906年、モスクワに生まれる[2]。貧しい農民の家庭で、モスクワには一家で出稼ぎに来ていた[3]。1917年の十月革命ののち田舎に戻り、ようやく学校に通えるようになる[3]。1926年にはモスクワに出て働きながら大学に入る準備をする[3]。1929年からジャーナリストとして働きはじめ、そのかたわら文学を学ぶ[4]。1931年に処女作「黒スグリ」を発表[5]、農村の子供たちの生活を描いた短編集「シュールカ」(Шурка、1940年)で児童文学作家としての方向性が定まる[4]。戦争で家族を失った少女が農村の一家に引き取られ受け容れられていく物語『町からきた少女』(1943年)は日本でも愛読された[2]。他の作品に「ゴロジシチェ村」(1947年)、「アルタイ物語」(1951年)、「フェージャかえっておいで」(1958年)、「まほうの島のともだち」(1964年)、「個人の幸福」(Личное счастье、1961年)、「野の白鳥アニスカ」(1966年)などがある[5][1][4]。