リル・バック・シネガル
アメリカ合衆国のギタリスト、歌手、ソングライター (1944-2019)
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来歴
幼少期から青年期
リル・バック・シネガルは、1944年1月14日、父親ジョセフ・セネガル、母親オデット・ブルッサード・セネガルの間の子としてルイジアナ州ラファイエットに生まれた[3]。出生名はポール・アルトン・セネガル (Paul Alton Senegal)であった。ブルース研究家のボブ・イーグルとエリック・レブランクによると、彼の名前のスペリングが出生時の「セネガル (Senegal)」ではなく「シネガル (Sinegal)」となっているのはパスポートのエラーが原因であり、本人はこれを修正しなかったため定着したのだという。シネガルは「リトル・バック (Little Buck)」、あるいは「リル・バック (Lil' Buck)」のニックネームで呼ばれた。「Buck」はソバ (buckwheat)のことであり、「Little」、「Lil'」は小柄であったことに由来している[4]。母親のオデットはギターをプレイした。1950年代後半には、シネガルはキャロル・フラン、ジェイムズ・"サンダーバード"・デイヴィス、リー・ドーシー、ジョー・テックスらのアーティストたちと共演するようになっていた。
キャリア
シネガルは、エクセロ・レコードのセッション・ミュージシャンとして音楽業界入りした。そこでは、彼はスリム・ハーポ、レイジー・レスターといった人たちと仕事をしている。シネガルはロッキン・ドプシー、ケイティ・ウェブスター、リル・ボブらとレコーディングをおこなっている[4][5]1960年代後半になると、彼は「Cat Scream」、「Monkey In A Sack」など、自己名義のインストゥルメンタル曲のシングルをラ・ルイジアン・レコードからリリースしている[6]。
シネガルは1969年、クリフトン・シェニエのバンドに加入。その後10年に渡り、彼とヨーロッパなどをレギュラーでツアーした。1980年代、1990年代には、シネガルはバックウィート・ザディコ、ロッキン・ドプシーとも海外ツアーをしている。
シネガルはリル・バンド・オ・ゴールドなどのギタリストとして知られるC.C.アドコックとともにカウボーイ・シチュー・ブルース・リヴューを結成した。1999年には、シネガルは初のソロ・アルバム『The Buck Starts Here』をリリース。この作品はアラン・トゥーサンがプロデュースし、彼が書いた曲を取り上げており、彼のレーベルNYNO (ナイノ)からリリースされた[5]。音楽評論家のリッチー・アンタバーガーはこの作品を評し「かなりストレートなブルース・アルバムであり、ザディコの痕跡は殆どあるいはまったく感じない」とした[7]。シネガル本人は次のように語っている。「私はザディコのギタリストとしてより知られているのかも知れませんが、私はいつだってブルースマンだったのです。ザディコはブルースです。基本的にアコーディオンで演奏されるブルースなのですよ。クリフトン・シェニエの音楽は全体を通してブルースです[6]。」

シネガルは2015年のドキュメンタリー映画「I AM THE BLUES アイ・アム・ザ・ブルース」に出演している[8]。
死去
シネガルは2019年6月10日、ラファイエットの自宅にて死去した。75歳だった。発表時点で死因は特定されていないものの、心臓発作が疑われているという[3]。彼の葬儀はラファイエットの聖母マリアの無原罪の御心教会で執り行われた[9]。
受賞
ディスコグラフィー
アルバム
- 1999年 『The Buck Starts Here』 (NYNO)
- 2000年 『Watch Yourself』 (Lucky Cat) ※ヘンリー・グレイとの共演盤
- 2002年 『Bad Situation』 (Lucky Cat)
- 2013年 『Greatest Hits Volume 1』 (no label)
シングル
- 1966年 「Cat's Back」 / 「Don't Make Me Cry」 (La Louisianne)
- 1969年 「Monkey In A Sack」 / 「Cat Scream」 (La Louisianne)
※いずれも"Little Buck And The Top Cats"名義