リロイ・リタ

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本名 リロイ・ハリル・ボハリ・リタ
Leroy Halirou Bohari Lita
ラテン文字 Leroy Lita
生年月日 (1984-12-28) 1984年12月28日(40歳)
リロイ・リタ
シーサケート時代(2017年)
名前
本名 リロイ・ハリル・ボハリ・リタ
Leroy Halirou Bohari Lita
ラテン文字 Leroy Lita
基本情報
国籍 イングランドの旗 イングランド
 コンゴ民主共和国
生年月日 (1984-12-28) 1984年12月28日(40歳)
出身地 ザイールの旗 キンシャサ
身長 176cm
体重 75kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 ナニートン・バラFC
ポジション FW (CF)
利き足 右足
ユース
1999-2001 イングランドの旗 チェルシー
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2005 イングランドの旗 ブリストル・シティ 85 (31)
2005-2009 イングランドの旗 レディング 83 (20)
2008 イングランドの旗 チャールトン (loan) 8 (3)
2008 イングランドの旗 ノリッジ (loan) 16 (7)
2009-2011 イングランドの旗 ミドルズブラ 78 (20)
2011-2014 ウェールズの旗 スウォンジー 18 (2)
2012 イングランドの旗 バーミンガム (loan) 10 (3)
2013 イングランドの旗 シェフィールド・W (loan) 17 (6)
2013 イングランドの旗 ブライトン (loan) 5 (1)
2014-2015 イングランドの旗 バーンズリー 19 (2)
2015 イングランドの旗 ノッツ (loan) 6 (0)
2015-2016 ギリシャの旗 ハニア 11 (1)
2016 イングランドの旗 ヨーヴィル 8 (1)
2017 タイ王国の旗 シーサケート 21 (5)
2018 イングランドの旗 マーゲート 3 (0)
2019 イングランドの旗 ソーズベリー英語版 3 (2)
2019-2020 イングランドの旗 チェルムスフォード・シティ 12 (1)
2020- イングランドの旗 ナニートン・バラ 0 (0)
代表歴2
2005-2007  イングランド U-21 9 (6)
1. 国内リーグ戦に限る。2021年5月11日現在。
2. 2010年3月5日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

リロイ・ハリル・ボハリ・リタLeroy Halirou Bohari Lita, 1984年12月28日 - )は、ザイール(現コンゴ民主共和国)・キンシャサ出身のイングランド人サッカー選手ナニートン・バラFC所属。ポジションはFW(センターフォワード)。

チェルシーFCの下部組織出身で、18歳当時の2002年にディヴィジョン2ブリストル・シティFCでプロデビューを果たす。2004-05シーズンにはリーグ1で24得点を記録し、クラブの年間最優秀選手に選出された。

2005年7月14日、チャンピオンシップレディングFCへ移籍[1]。移籍金はクラブレコードとなる100万ポンドで、スティーヴ・コッペル率いるクラブと3年契約を締結する。2005-06シーズンでリーグ戦11得点を挙げ、イングランド史上最多勝ち点106獲得及びクラブ史上初のプレミアリーグ昇格に寄与。初のトップディヴィジョンでのプレーとなった2006-07シーズンは、公式戦合計37試合12得点を記録しクラブの1部残留に貢献する。

翌シーズンは開幕前の負傷もありリーグ戦14試合1得点に留まる中、2008年3月5日にチャールトン・アスレティックFCへ4週間の期限付き移籍となり[2]、同月末にローン期間が延長される[3]。4月21日に残留争いを繰り広げるレディングへ呼び戻されるが[4]、クラブはリーグ18位に終わりチャンピオンシップへ降格する。

2008年10月1日、ノリッジ・シティFCへ1か月の期限付き移籍[5]。同月21日のウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFC戦でハットトリックを記録し5-2での勝利に貢献するなど[6]、12試合出場6得点を記録する。12月にはローンが延長され年末までキャロウ・ロードでプレーした[7]。2008-09シーズン限りで契約満了によりマデイスキ・スタジアムを去る。

2009年8月3日、ミドルズブラFCへ3年契約で加入[8]。2010-11シーズンにはチャンピオンシップで38試合出場12得点を記録する。

2011年8月3日、プレミアリーグへ昇格するスウォンジー・シティAFCへ移籍金1.75万ポンドの3年契約で加入[9]。自身2度目のプレミア挑戦となったが、ブレンダン・ロジャーズ監督の下で16試合出場2得点に留まる。2012年2月にはメイフェアで騒ぎを起こしたことで逮捕され、サポーターに謝罪した[10]

同年5月にミカエル・ラウドルップが新監督に就任すると戦力外となり、2012年9月6日にバーミンガム・シティFCへ3か月の期限付き移籍となる[11]。翌年1月25日からはシェフィールド・ウェンズデイFCでシーズン終了までプレーした[12]

2013年10月16日、レオナルド・ウジョアが負傷離脱していたブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンFCへ年末までローンとなった[13]

2013-14シーズン限りでリバティ・スタジアムを去ると、イプスウィッチ・タウンFCのトライアルを受けるが契約には至らなかった[14]。2014年8月9日、フリートランスファーでバーンズリーFCと1年契約を締結した[15]

2015年3月3日、ノッツ・カウンティFCへシーズン終了まで期限付き移籍[16]。同年9月14日、ギリシャ2部英語版AOハニアへ加入する[17]。2016年3月5日、シーズン終了までの契約でリーグ2ヨーヴィル・タウンFCへ移籍した[18]

2015-16シーズン限りでクラブを退団しフリーとなっていたが、2017年1月8日にタイ・リーグシーサケートFCに加入することが発表された[19]。9月15日、数か月に亘る給与未払いを理由にクラブを退団した[20]

2018年9月9日、イスミアンリーグ・プレミアディヴィジョンマーゲートFCと契約した[21]。2019年8月3日、プロキャリアから引退することを表明した[22]

2019年11月9日、ナショナルリーグ・サウスチェルムスフォード・シティFCと短期契約を締結[23]。翌年5月8日にクラブを去る[24]

2020年5月22日、サザンフットボールリーグナニートン・バラFCへ加入した[25]

代表歴

脚注

外部リンク

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