リングアウト
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プロレスの場合
プロレスでは、リングアウトはレフェリーが20カウントを数えた時に宣告されるのが一般的である(よく誤解されるが20秒ではない)。
ただし、日本では全日本プロレスにおいて三冠ヘビー級選手権試合などPWFルールが適用される試合や1980年代のAWA世界ヘビー級選手権試合、アメリカのWWEではWWE選手権試合で、またハワイ地区に限りWWE以外も含む全団体の興行で10カウント制が採用されている。以前はアイスリボンも10カウントを数えた時点で試合終了のゴングを鳴らしていた。
とはいえ、いずれにしてもタイムキーパーが時計で計測するのではなくレフェリーがカウントをするものであり、したがって必ずしもカウント開始から一直線に進むとは限らない。リング内にいる選手やそのセコンドが、場外の選手がリング内に戻るのを妨害した時に、カウントが止まったりリセットされたりするのは普通のことであり、それどころか明らかに数分間場外乱闘が続いていることすらよくあることである。全日本プロレスのベテランレフェリーとして親しまれたジョー樋口はそのへんの事情について、「ブッチャーやシークのような場外乱闘が生き甲斐のような人たちにたった10秒で何をしろと言うんですか。そこらへんをうまくやりくりするのもレフェリーの仕事なんです」と語っている。
新日本プロレスでは場外ノックアウトと表現しており、場外カウントは選手が場外で戦闘不能となった、あるいは場外乱闘が続いて収拾が付かなくなった時点より始めることになっている。また、アイスリボンのように場外カウントを廃止した団体もあり、加えてWWEや日本のインディー団体では「エニウェアフォールマッチ」と呼ばれる場外も含めてどこでもフォールを取ることができるルール、また、金網デスマッチにおいては、逆に金網(リング)から先に脱出した方を勝ちとするルール(エスケープルール)が採られる場合もある。
なおプロレスでは、リングアウト勝ちはフォール勝ちやギブアップ勝ちより劣り、両者リングアウトの引き分けは時間切れ引き分けより劣るというのが一般的な評価である。このため、三冠ヘビー級王座の成立過程でリングアウトによる決着が相次いだ反省として、1989年(昭和64年/平成元年)以降、日本の主要な男子プロレス興行団体からリングアウト決着が急速に姿を消していき、また日本の男子プロレス自体が全日本の四天王プロレスに代表されるピンフォール至上の激しい競技へと変質していくきっかけとなった。
ちなみに三冠ヘビー級成立前の全日本プロレスや、新日本プロレスでもIWGP創始前のNWF世界王座が至宝だった時代は、タイトルマッチが王者リングアウト負けで決着した場合はタイトルは移動しなかった。現在の新日本プロレスのIWGPルールやプロレスリング・ノアのGHCルールでは両者リングアウト裁定を採用せず、時間内であれば即時再試合を命じられる。
プロレスのリングではリングの外側に場外フェンスと称して鉄柵を設けるのが普通であるが、1980年代の新日本プロレスでは「場外フェンスの外に自ら出た場合・相手選手を意図的に出した場合はフェンスアウトとして反則負けになる」という規定があった。フェンスアウトで決着する試合は十分な攻防の無いまま終わる試合が多くファンの評判がすこぶる悪かったため、他の団体に広がることはなく、新日本でも数年間で廃止された。