リーガルコーポレーション
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株式会社リーガルコーポレーション (英: REGAL CORPORATION) は、紳士・婦人・その他各種靴の製造・販売・修理を行う日本の企業。通称は自社のブランドでもあるリーガル。旧社名は日本製靴株式会社(にほんせいか)。

| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | |
| 本社所在地 |
〒279-8553 千葉県浦安市日の出2-1-8[1] |
| 設立 |
1902年(明治35年)1月21日[1] (日本製靴株式会社) |
| 業種 | その他製品 |
| 法人番号 | 4040001034188 |
| 事業内容 | 紳士・婦人靴の製造・卸小売 |
| 代表者 | 青野元一(代表取締役社長)[1] |
| 資本金 | 53億55百万円[1] |
| 発行済株式総数 | 325万株[1] |
| 売上高 |
連結:235億58百万円 単独:201億49百万円 (2025年3月期)[1] |
| 従業員数 |
連結:875名 単独:171人 (2025年9月30日現在)[1] |
| 決算期 | 3月31日 |
| 主要株主 |
(株)ニッピ 22.47% あいおい損害保険(株) 4.74% リーガル取引先持株会 4.46% (2008年3月31日現在) |
| 主要子会社 | 株式会社リーガル販売、株式会社リーガルリテール、岩手製靴株式会社、岩手シューズ株式会社、チヨダシューズ株式会社、株式会社田山製甲所、株式会社ニッカエンタープライズ、加茂製靴株式会、株式会社リーガルビジネスサポート、株式会社日本靴科学研究所、日本製靴株式会社[2] |
| 外部リンク | https://www.regal.co.jp/ |

沿革
1870年(明治3年)に日本初の製靴会社「伊勢勝造靴場」を設立した実業家・西村勝三(啓蒙思想家・西村茂樹の弟)が中心となり、1902年(明治35年)1月21日、東京府東京市京橋区鎗屋町(現在の東京都中央区銀座)にて「日本製靴株式会社」を設立した[3]。同社は大倉組皮革製造所(大倉喜八郎)、桜組(西村勝三)、藤田組皮革製作所(藤田伝三郎)、福島合名(南川政之助)および東京製皮(賀田富次郎)のうち、それぞれの製靴部門を各社から切り離し、統合したものである[3][4]。
翌1903年(明治36年)2月には、本店を東京府南足立郡千住町中組(現在の東京都足立区千住橋戸町)に移転し、同所に本社・工場を新設[3]。同年5月には軍靴の生産を開始[3]、帝国陸軍を顧客に下士官兵用の官給品たる編上靴や長靴(乗馬ブーツ)を主に製造・納入。
1907年(明治40年)4月1日には大倉組皮革製造所、桜組、東京製皮のうち、すでに統合された製靴部門以外のすべての部門、および今宮製革所が合併して「日本皮革株式会社」が創業[5]、これが現在のニッピの前身となっている。ニッピとリーガルコーポレーションは相互がそれぞれの筆頭株主である。
1945年(昭和20年)、第二次世界大戦敗戦により同年10月より民需に転換、戦前より続くグッドイヤー・ウェルト製法の紳士靴をメインに生産・販売する[3]。一方で、かつて軍需に携わっていた経験から、自衛隊向けの半長靴(戦闘靴)の製造・納入も行っている。
1961年(昭和36年)11月にアメリカのブラウン社との技術提携により「リーガル」ブランドの靴製造を始める[3]。
1970年(昭和45年)10月には東京駅八重洲口に初の直営小売店(REGAL SHOES 1号店)を開店[3]。
1990年(平成2年)4月にはブラウン社より「リーガル」の商標権を取得、同年10月には現社名である「株式会社リーガルコーポレーション」に変更、同年12月にはジャスダックに店頭登録した[3]。
2004年(平成16年)、ジャスダック証券取引所(現在の東京証券取引所スタンダード市場)に株式を上場[3]。
2005年(平成17年)7月、伊藤忠商事グループとの合弁会社「上海麗格鞋業有限公司」を中華人民共和国・上海市に設立。さらに、2006年(平成18年)香港に海外調達の拠点として、香港麗格靴業有限公司を設立した。2008年(平成20年)には、中国江蘇省に海外生産拠点として、蘇州麗格皮革制品有限公司を設立。
2010年(平成22年)、8月23日、本社・本店を系列子会社とともに東京都足立区から千葉県浦安市に移転。
主要自社ブランド
- リーガル
- リーガル・トーキョー
- シェットランド・フォックス
- リーガル・シュー・アンド・カンパニー
- リーガル・スタンダーズ
- ケンフォード
- ヒロミチ・ナカノ
- ナチュラライザー
- リーガル・キッズ
- リーガルウォーカー