ルスタム・ミンニハノフ

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任期2023年2月6日
任期2010年3月25日 2023年2月6日
任期1998年7月10日 2010年3月25日
ルスタム・ミンニハノフ
Рөстәм Миңнеханов
Рустам Минниханов

2020年撮影

任期 2023年2月6日

タタールスタン共和国の旗 タタールスタン共和国
2代 大統領
任期 2010年3月25日 2023年2月6日

タタールスタン共和国の旗 タタールスタン共和国
首相英語版
任期 1998年7月10日 2010年3月25日
大統領 ミンチメル・シャイミーエフ

出生 (1957-03-01) 1957年3月1日(68歳)
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国
タタール自治ソビエト社会主義共和国リブナヤ・ストボダ地区英語版
政党 統一ロシア
配偶者 グルシナ・ミンニハノフ
子女 2人

ルスタム・ヌルガリイェヴィッチ・ミンニハノフタタール語: Рөстәм Нургали улы Миңнеханов, Röstäm Nurğali ulı Miñnexanovロシア語: Руста́м Нургали́евич Минниха́нов、ラテン文字表記: Rustam Nurgaliyevich Minnikhanov[1]1957年3月1日 -)は、ロシア構成共和国タタールスタン共和国政治家。現在、タタールスタンの首長(ライス)を務める[2]

首長(ライス)は2023年まで「タタールスタン共和国大統領」と呼ばれ、ミンニハノフは2015年以降ロシア連邦大統領以外で「大統領」を名乗り続けた国内唯一の首長であった[3]

政治家

1957年3月1日ソビエト連邦ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国タタール自治ソビエト社会主義共和国リブナヤ・ストボダ地区英語版のノヴィ・アリシュ(ロシア語: Новый Арыш)に生まれる。

1978年にカザン農業大学で農業機械化の学位を取得し、1986年にソビエト貿易通信大学を卒業した。また経済学博士号をもつ[4]

カザン農業大学卒業後、サビンスキー地区英語版協会でエンジニアとして働いた。その後、同地区の国営木材産業企業で上級エンジニアおよび主任電気エンジニアとして働き、地区消費者協会理事会の副会長を務めた。

1985年から1993年にかけて、アースキー地区英語版の地区消費者協会理事会議長、地区人民代議員評議会の執行委員会議長、地区行政の第一副長官を務めた。

1993年ヴィソコゴルスキー地区英語版の地区長に任命された。

1996年11月、タタールスタン共和国の財務大臣に任命された。

タタールスタン首相

1998年7月10日、同共和国の首相に就任した[5]。首相時代は行政のデジタル化を掲げ、ペーパーレス化、公文書の電子化を先頭に立って進めた[6]

2005年から2006年にかけてタトネフト英語版の取締役会会長を務めた[7]

タタールスタン元首

大統領就任式(2010年)

2010年1月27日ドミトリー・メドベージェフ大統領によってタタールスタン共和国大統領に指名され、3月25日に就任した。就任式の模様はチャンネル1マキシム・シャラフディノフ英語版によって紹介された[8]

2014年ウクライナクリミア半島をめぐってロシアとウクライナの緊張が高まると、同半島に住むクリミア・タタール人の間で迫害が懸念されたため、ミンニハノフはロシア政府とクリミア・タタール人の調停役として活動し、タタールスタンとクリミアのより親密な関係の構築を目指した[9]。ミンニハノフはクリミアの経済的発展に向けた政策や、クリミア・タタール人文化の保護活動について述べている[10]。しかし、ロシア政府によるクリミア・タタール人の迫害問題はロシアによるクリミアの併合以来、国際レベルで定期的に提起されている[11][12]

2015年1月1日、ロシアの法律により構成共和国首長を「大統領」と呼称することが禁止された。ほかの共和国は従ったが、タタールスタンは応じなかった。12月17日ウラジミール・プーチン大統領は「タタール人の選択を尊重する」とし、即時変更を求めない姿勢を示した。これによりミンニハノフは21共和国(クリミア共和国を除く)で唯一大統領を名乗り続けることができた[3]

2017年4月、プーチンの特使としてイランを訪問し、エスハーグ・ジャハーンギーリー英語版第一副大統領[13]アースターン・ゴドス・ラザヴィー英語版最高責任者のエブラーヒーム・ライースィーと相次いで会談した。アリレザ・ラヒミ英語版国会議長は、2016年アメリカ合衆国大統領選挙におけるロシアの干渉の疑いを深めるとして今回の会談は「不適切」だと述べた[14]

2020年の大統領選挙では得票率83.4パーセントで圧勝し、タタールスタン大統領に再選された。トルクメニスタングルバングル・ベルディムハメドフ大統領、カザフスタンヌルスルタン・ナザルバエフ大統領はミンニハノフの勝利を祝福した[15]

2021年9月、ツポレフの取締役会長に選ばれた[16]

ワリエワ選手とミンニハノフ(2022年)

2022年3月18日、タタールスタン出身のフィギュアスケート選手カミラ・ワリエワに「友情(Duslyk)勲章」を、ワリエワの母親に「タタールASSR建国100年記念章」を授与した[17]

2023年2月6日、タタールスタン憲法改正により「大統領」から「首長(ライス)」に職名が変更された。ライスはアラビア語元首大統領を意味する[18][19]。なお当初は任期満了の2025年9月まで職名変更は行わない移行措置が予定されていたが、1月26日タタールスタン共和国国務院ロシア語版は突如移行措置を撤回した[2]

人物

イレク・モスク(2023年)

既婚者。息子は2人いたが、長男のイリクは2013年のタタールスタン航空363便墜落事故で犠牲となった[20]。死後イリクの名を冠した豪華絢爛なモスクがカザンに建設され、2018年に完成した[21]

モータースポーツ愛好家で、自身もドライバーとして何度も大会に出場した経歴をもつ[22]。またヘリコプターの操縦免許をもっている[6]

2022年ロシアのウクライナ侵攻を受け、アメリカ合衆国では2023年1月26日にSDNリストに追加された[1]カナダでは2023年4月に妻と共に経済制裁の対象となった[23]

表彰

関連項目

出典

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