ルルデス・グリエル
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1976年から1996年まで20年間選手として活躍[3] [4][5]。現在でもガジョス・デ・サンクティ・スピリトゥスの記録として破られていない。選手としての成績は、2026安打、打率.323、247本塁打[4]。
アマチュア選手として日本の社会人野球でも活躍。1996年に阿部企業硬式野球部(兵庫県神戸市)に入団[6]。1998年にいすゞ自動車硬式野球部(神奈川県藤沢市)へ移籍。同年の都市対抗野球では「4番・指名打者」として1本塁打を放つなどの活躍でチームを5年振り4度目のベスト8へ導いている[6][7]。
ワールドポート・トーナメント後に現役を引退し、ガジョス・デ・サンクティ・スピリトゥスの監督に就任。2007年までの7シーズン監督を務める。監督成績は381勝295敗。リーガ・ニカラグエンセ・デ・ベイスボル・プロフェシオナルのブール・インディオズの監督も2シーズン務めた[8]。
国際野球大会での活躍
野球キューバ代表として1980年の第26回世界野球選手権と1989年のIBAFインターコンチネンタルカップでの金メダル獲得に大きく貢献し、バルセロナオリンピック(1992年)ではオマール・リナレス、アントニオ・パチェコ、オレステス・キンデラン、ビクトル・メサ、ホセ・デルガドなどらと共にスタメンとして金メダルを獲得するなど、10年以上にわたってキューバ代表チームでプレーする。