ルーシー・ウォルター From Wikipedia, the free encyclopedia 生誕 1630年 ウェールズ死没 1658年 フランス王国、パリ子供 モンマス公ジェームズ・スコットメアリー親 リチャード・ウォルタールーシー・ウォルターLucy Walter 生誕 1630年 ウェールズ死没 1658年 フランス王国、パリ子供 モンマス公ジェームズ・スコットメアリー親 リチャード・ウォルター テンプレートを表示 ルーシー・ウォルター(Lucy Walter, 1630年 - 1658年)は、イングランド王・スコットランド王チャールズ2世の愛妾。 ウェールズでリチャード・ウォルター(第2代ノーフォーク公トマス・ハワードの子孫)の娘として生まれた[1]。ウォルター家は清教徒革命の際王党派に属し、1644年に議会軍にロッホ城を奪われ、ルーシーはロンドンからハーグへ逃れた。 彼女はつてを頼ってロンドン社交界へ入り、17歳でアルジャーノン・シドニー(レスター伯に協力する軍人でその一族)の愛妾となった。オランダへ移り、亡命していたアルジャーノンの弟ロバートの愛人となったのち、彼にチャールズ2世を紹介された。彼女はチャールズ2世の最初の愛人ではないと言われているが、1649年にモンマス公・バクルー公となる息子ジェームズを生んだ。 2年ほどで2人の関係は終わり(理由は明かでない)、ルーシーは生活に貧窮して1658年にパリで死んだ[2]。死因も不明である。 1651年に生まれた娘メアリー(父親は初代アーリントン伯ヘンリー・ベネット)は、後にウィリアム・サースフィールドと結婚した。ルーシーの息子モンマス公ジェームズの家系は現在も続き、元ヨーク公爵夫人セーラ・ファーガソン、ベアトリス・オブ・ヨーク王女とユージェニー・オブ・ヨーク王女は彼女の血をひいている。 脚注 ↑ 森(1987)、p. 115 ↑ 森(1991)、p. 125 参考文献 森護 『英国の貴族』 大修館書店、1987年 森護 『英国王と愛人たち-英国王室史夜話-』 河出書房新社、1991年 典拠管理データベース 全般 FAST ISNI VIAF WorldCat 国立図書館 ドイツ イスラエル アメリカ オランダ ポーランド 人物 オランダ Related Articles