ルードヴィング家
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11世紀末、同家の始祖ルートヴィヒ髭伯がチューリンゲンの地に領土を形成したのが始まりである。ルートヴィヒの妻は皇帝コンラート2世妃ギーゼラの親族であったらしい[1]。ルートヴィヒ髭伯の子ルートヴィヒ跳躍伯は1067年にヴァルトブルク城を建設し[2]、跳躍伯の子ルートヴィヒ1世が1131年にチューリンゲン方伯とされ、以降1247年に同家が断絶するまで伯位を世襲した。ハインリヒ・ラスペ(4世)は、1246年にドイツ対立王に選出されたが翌1247年死去した。ハインリヒ・ラスペには子供がなく同家は断絶した。その後、同家と姻戚関係にあるヴェッティン家およびブラバント公家との間でチューリンゲン継承戦争が勃発したが、結果として同家領のうちチューリンゲンはヴェッティン家が、ヘッセンはブラバント公家が相続した。
