レオン大聖堂 (ニカラグア)
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レオン大聖堂 | |||
| 英名 | León Cathedral | ||
| 仏名 | Cathédrale de León | ||
| 面積 | 0.77 ha | ||
| 登録区分 | 文化遺産 | ||
| 登録基準 | (2), (4) | ||
| 登録年 | 2011年 | ||
| 備考 | 緩衝地帯:28.71 ha | ||
| 公式サイト | 世界遺産センター | ||
| 使用方法・表示 | |||
レオン大聖堂(Catedral de León)は、ニカラグアのレオン市中心部にあるローマ・カトリック教会の大聖堂で、レオン教区の司教座聖堂である[1][2]。18世紀後半から19世紀初頭にかけて建設され、後期バロックから新古典主義への移行期を示す建築として評価される[1][2]。2011年には「León Cathedral」として世界遺産(文化遺産)に登録された[1]。
歴史
現レオン市は、植民地期に旧来のレオンの町(後の「レオン・ビエホ」)から移転して成立したとされ、17世紀初頭に現在地での都市形成が進められた[2]。
大聖堂の建設は1747年に開始され、当時の司教イスイドロ・マリン・ブジョン・イ・フィゲロア(Isidro Marín Bullón y Figueroa)の下で旧教会の解体と基礎工事が進められた[2]。計画は1762年にディエゴ・ホセ・デ・ポレス・エスキベルによって作成され、1767年に承認されたとされる[2]。その後も工事は段階的に進み、1780年には身廊の一部が使用開始に至ったとされる[2]。1810年には司教ニコラス・ガルシア・ヘレス(Nicolás García Jerés)の時代に塔および主ファサードの整備が進められた[2]。この時期の工事は、ヒポリト・エストラーダ・デ・オレリャーナ(Hipólito Estrada de Orellana)が指揮したとされる[2]。
19世紀半ばには外部の整備が続けられ、1860年3月に聖別(献堂)された[2]。同年には南塔や後陣(シュヴェ)に関わる再建が行われ、また教皇ピウス9世により小バシリカ(minor basilica)に指定されたとされる[2]。
20世紀後半以降は保存・修復事業が進められ、文化省(当時)の主導による修復が1990年から1994年にかけて実施された[2]。その後も保全計画や管理計画の策定、調査図面の整備、美術品目録の作成などが進められている[2]。
建築
平面・空間構成
平面は長方形のバシリカ式で、内部は5つの身廊から成り、中央身廊が最も高い[2]。ラテン十字を成す中心軸上には複数のドーム(クーポラ)が並び、ランタン(採光塔)を備えるものもある[2]。ヴォールトやペンデンティブを用いた屋根構成により、採光と換気を両立させる設計意図が説明されている[2]。
側廊に独立した側礼拝堂を並べる形式は採られず、内部の壁面には十字架の道行(Stations of the Cross)などの要素が配置される構成とされる[2]。
様式・意匠
様式的には、後期バロックから新古典主義への移行を示す折衷性(エクレクティシズム)が特徴とされ、主ファサードにはバロックと新古典主義の併存が指摘される[1][2]。また、アンティグア・グアテマラの建築的影響は、全体の量塊感や水平性の強い比率、地震への対応としての低く太い塔などに見いだされるとされる[1][2]。
外壁(主ファサードを除く)は装飾を抑え、主要部材として煉瓦・石材を石灰と砂のモルタルで結合して用いる点が説明される[2]。屋上部には複数のテラスやバラストレードが設けられ、ピナクルや小ドーム群によって外観上のシルエットが形成される[2]。ICOMOSの評価では、他の中米の大聖堂が本大聖堂の規模に及ばないことが比較の文脈で述べられている[2]。
美術作品・付属施設
世界遺産
2011年、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された[1]。
登録基準
この世界遺産は世界遺産登録基準のうち、以下の条件を満たし、登録された(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。
- (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
- (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
登録理由の概要
ユネスコの顕著な普遍的価値(OUV)の説明では、スペイン起源の平面形式を基盤としつつ、欧州のバロックおよび新古典主義、ならびにアンティグア・グアテマラの解釈を含む地域的特徴を統合した点が強調されている[1]。登録基準(2)は、スペイン美術の影響と地域の職人技・地理的/社会的環境が交錯して成立した建築表現を、人類の価値の交流の例として評価する趣旨で説明される[1]。登録基準(4)は、中米地域における宗教建築類型の地域的解釈として、複数の様式的源泉を統合した建築的まとまりと社会的意義を評価する趣旨で説明される[1]。
ICOMOSの評価報告では、締約国による推薦は複数の基準を含んでいたが、最終的に(2)および(4)が妥当と判断されたことが記されている[2]。また、推薦理由の中で、伝統的宗教行事(グリテリア)や詩人ルベン・ダリオ(Rubén Darío)ら文化人との関連が述べられていた一方、(6)については顕著な普遍的価値に達しないとして支持されなかった[2]。
範囲・保護と管理
登録財産は大聖堂と前面空地を含む市街区を中心とし、面積0.77 ha、緩衝地帯28.71 haとされる[1]。座標は北緯12度26分6秒、西経86度52分41秒が示されている[1]。
保護・管理については、所有者であるレオン教区(Diocese of León)に加え、国の文化行政機関(国立文化研究所/文化機関)や、市の歴史地区担当部局など複数の主体が関与する枠組みが説明されている[1][2]。管理計画(カテドラル管理計画)は2009年に策定されたとされ、都市全体の計画(市開発計画等)との統合や、防災(リスク対策)を含む管理の強化が課題として示されている[1][2]。
ICOMOSの報告では、1983年に国家の文化・歴史・芸術遺産として登録されたこと、1999年に国会決議により「千年紀の記念碑(Monument of the Millennium)」とされたことなど、国内法制度上の位置づけも述べられている[2]。一方で、地震・火山活動・暴風雨など自然災害リスクや、都市環境の変化による影響が指摘され、リスク対策を管理計画に組み込む必要性が示されている[2]。