レオ・スタインバーグ

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レオ・スタインバーグ1920年7月9日 - 2011年3月13日)は、アメリカの美術批評家・美術史家。

私生活

スタインバーグはロシア・ソビエト連邦社会主義共和国のモスクワに生まれた。父はアイザック・ナフマン・スタインバーグというユダヤ系の弁護士で、社会革命党の政治家であり、1917年から1918年にかけてウラジーミル・レーニン政権下で人民司法委員を務めていた。

家族は1923年にソビエト連邦を離れ、ドイツのベルリンに定住した。1933年にナチスが政権を握ると、スタインバーグ一家は再び移住を余儀なくされ、今度はイギリスへ渡った。画家になることを志して、スタインバーグはロンドン大学付属のスレード美術学校(Slade School of Fine Art)で学んだ。

1945年、姉とその夫に勧められてスタインバーグはニューヨーク市に移住した。以後数年間、彼は美術批評の執筆や美術教育で生計を立て、パーソンズ・デザイン学校などで教鞭を執った。1957年、ウィリアム・コロドニーの招きにより、スタインバーグはメトロポリタン美術館で連続講義を行うことになった。「西洋美術における変化と恒久性(Change and Permanence in Western Art)」と題されたこの講義は、10の美術史上の時代に焦点を当て、それぞれの時代が抱える問題や解決策が、現代の思想や審美眼にどのように関連するかを論じた。

彼の現代美術批評が持つ重要性は、1975年にトム・ウルフが著した『The Painted Word(邦題:描かれた言葉)』の中で証明された。この本の中で、スタインバーグ、ハロルド・ローゼンバーグ、クレメント・グリーンバーグの3人は、その批評の影響力から「カルチャーバーグの王たち(kings of Cultureburg)」と称された。

その後、スタインバーグは次第に美術批評から離れ、フランチェスコ・ボッロミーニミケランジェロレオナルド・ダ・ヴィンチといった芸術家・建築家に対する学問的な関心を深めていった。1960年、彼はニューヨーク大学美術研究所(Institute of Fine Arts)で博士号を取得した。博士論文は、ローマのサン・カルロ・アッレ・クワトロ・フォンターネ教会におけるボッロミーニの建築象徴主義についてであった。

その後、彼はニューヨーク市立大学ハンター校で教鞭を執った。1975年にはペンシルベニア大学でベンジャミン・フランクリン美術史教授に任命され、1991年に退職するまでそこで教え続けた。1995年から1996年にかけては、ハーバード大学客員教授として「無言のイメージと干渉するテキスト(The Mute Image and the Meddling Text)」と題するチャールズ・エリオット・ノートン講義を行った。

1962年、スタインバーグは『ライフ』誌の美術編集者であるドロシー・サイバリングと結婚したが、後に離婚した。40年以上にわたり、シーラ・シュワルツは彼の「欠かせない協力者」であり、アシスタント兼編集者として活動した。スタインバーグに子供はいなかった。

スタインバーグは2011年3月13日、ニューヨーク市で90歳の生涯を閉じた。

スタインバーグが収集した3200点の版画コレクションは、テキサス大学オースティン校ブラントン美術館の「レオ・スタインバーグ・コレクション」として所蔵されている。また、彼の論文類はゲッティ研究所に保管されている。

主な業績

スタインバーグは、美術史に革命的なアプローチを導入した。従来の、事実の細部や文書、図像学的象徴を乾いた視点で考察するだけの方法から、さまざまな芸術的選択を通じて伝えられる意味を、より動的かつ生き生きと理解する方向へと、美術史を導いたのである。

フラットベッド絵画面

例えば1972年、彼は論文集『Other Criteria』の中で「フラットベッド絵画平面(flatbed picture plane)」という概念を提唱した。これは、絵画の前提そのものが大きく変化したことを説明する理論である[1]

従来、絵画はルネサンス以来、「垂直に立てられた窓」のようなものと考えられてきた。すなわち、現実世界を視覚的に再現する場であり、「芸術は自然を美しく模倣する」という考え方に基づいていたのである。

しかしスタインバーグは、1950年代以降の美術、とりわけロバート・ラウシェンバーグやアンディ・ウォーホルの作品において、根本的な変化が起きたと指摘した。そこでは絵画はもはや「窓」ではなく、「机や作業台の上」のような性格を持つようになったのである。

この平面は、現実を再現するためのものではなく、写真、文字、記号、日常的なイメージなどを、置き、貼り、書き込み、印刷するための「受容面」として扱われる。つまり絵画は、「世界を映す場」から、「文化の断片を集めて提示する場」へと転換したのである。

この概念は、とくにポップ・アートやネオ・ダダなど、1960年代美術を理解するための重要な鍵となった。またスタインバーグ自身は、この変化を「絵画の内容が変わっただけではなく、絵画平面そのものの“角度”が変わった」と表現している。すなわち、絵画は人間の正面に立つ垂直の面から、人が上から見下ろす水平の面へと転換したのである。

「哲学的な娼窟(The Philosophical Brothel)」(1972年)

パブロ・ピカソの代表作『アビニヨンの娘たち』に関する重要な論文である。本論文においてスタインバーグは、従来の形式主義的解釈を批判し、作品と観者とのあいだに生じる心理的・性的な関係性に注目して作品を再読した。

本論文の原版(1972年)は、雑誌『Artnews』に掲載され、日本語では『美術手帖』1977年12月号および1978年2月号において、岩原明子による翻訳が分載掲載された[2]

1988年には『The Philosophical Brothel』として大幅な改訂版が刊行され、独立した研究書として再構成された。この改訂版では、作品の細部や制作過程に関する図像分析が大きく拡張されるとともに、「見る/見られる」という観者と作品の関係性が理論的に深化されている。また、売春宿という主題に内在する性的・心理的緊張が明確に位置づけられ、クレメント・グリーンバーグに代表される形式主義的解釈への批判も一層徹底された。これにより本研究は、現代美術批評における古典的業績の一つと評価されている。

The Sexuality of Christ in Renaissance Art and in Modern Oblivion

1983年夏の『October』誌は、スタインバーグの論文「ルネサンス美術に見るキリストの性と、近代におけるその忘却(The Sexuality of Christ in Renaissance Art and in Modern Oblivion)」を特集した。

この論文は後にRandom Houseをはじめ各国で単行本として出版された。この論文でスタインバーグは、ルネサンス美術においてこれまでほとんど注目されていなかった一つの図像パターンを取り上げ、「ostentatio genitalium(性器の誇示)」と名付けた。それは、幼児キリストの性器を目立つように描く表現、およびキリストの生涯の終わり近くのイメージにおいても同じ箇所に注意を引く表現である。これらはどちらも、受肉(神の言葉が肉となったこと)という神学的な概念に関わる明確な理由によって描かれていた。

受賞歴

  • 1983年 アメリカ芸術科学アカデミー文学賞
  • 1984年 フランク・ジュエット・メーザー賞(美術ジャーナリズム部門)、カレッジ・アート・アソシエーション
  • 1986年 マッカーサー・フェロー(MacArthur Fellows Program)

学位論文および研究

スタインバーグの研究は、特にミケランジェロレオナルド・ダ・ヴィンチ、および他のイタリア・ルネサンスの芸術家たちが美術の中でキリストをどのように描いたかに重点を置いていた。批評家としては、パブロ・ピカソ、ジャスパー・ジョーンズウィレム・デ・クーニングに関する重要な論考を残した。彼の最も重要なエッセイの一つに、『現代美術とその公衆の苦境(Contemporary Art and the Plight of its Public)』がある。これは1962年3月に『ハーパーズ・マガジン』に掲載された。

スタインバーグは、美術批評において比較的自由でくだけたアプローチを取った。エッセイの中で時折一人称を用い、読者にとっての美術体験をより個人的なものとしたのである。これは、当時多くのフォルマリスト批評家、特にクレメント・グリーンバーグのような、厳格で断定的な文体で知られる批評家たちとは対照的であった。

彼の多くの著作では、美術が単に人生を反映するだけでなく、人生そのものとなる力を持っていることへの愛情が表れている。「人間が何をしようとも、絵画はそれよりも優れた形でやってのける」と彼は述べた。また、近代絵画と旧巨匠たちの絵画との決定的な違いは、観る者の主観的な体験にあると考えていた。

さらに彼は、ジャクソン・ポロックのような抽象表現主義のアクション・ペインターたちは、単にキャンバス上に個人のアイデンティティを表現することよりも、優れた芸術作品を作り出すことに関心があったと主張した。これは、同じ時代に活躍したもう一人のアメリカ美術批評家、ハロルド・ローゼンバーグの見解とは対照的な立場であった。

著作

脚注

外部リンク

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