レックス・ウィスラー
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レックス・ウィスラー | |
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| Rex Whistler | |
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近衛師団の制服を着た自画像 (1840) | |
| 生誕 |
1905年6月24日 イギリス、エルサム(Eltham) |
| 死没 |
1944年7月18日(39歳没) フランス、カーン地域 |

レックス・ウィスラー(Rex Whistler)として知られているレジナルド・ジョン・ウィスラー(Reginald John Whistler、1905年6月24日 - 1944年7月18日)は、イギリスの画家、イラストレーターである。壁画や社交界の人物の肖像画を描き、舞台衣装のデザインも手がけた。第二次世界大戦中のノルマンディーの戦いで戦死した。
ケント州エルサム(Eltham)で生まれた。父親は建築家で不動産業も、母方の祖父は牧師であった。弟にガラス工芸家で詩人のローレンス・ウィスラー(Laurence Whistler: 1912-2000)がいる。パブリック・スクール(Haileybury and Imperial Service College)で学び、そこで美術の才能を示し、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの美術学校に入学するが反抗的であったため退学になった。その後、スレード美術学校で学び始め、「ブライト・ヤング・シングス(Bright Young Things)」と呼ばれる、快楽主義の若い芸術家グループの中心人物のスティーブン・テナント(Stephen Tennant: 1906-1987)の友人の一人になった。テナントを通じて作家のエディス・オリヴィエ(Edith Olivier)や詩人のジークフリート・サスーン(Siegfried Sassoon)らと知り合った[1]。1920年代初めに画家のメアリー・アズヘッド(Mary Adshead: 1904-1995)とロンドンのワッピングに大きな壁画を制作した。
スレード美術学校を卒業した後、ロンドンのウェスト・エンド・シアターで装飾や舞台美術の仕事で働き、イラストレーターとしてイーヴリン・ウォーやウォルター・デ・ラ・メアらの書籍やジョナサン・スウィフトの『ガリバー旅行記』の挿絵を描き[2]、風景画や肖像画、静物画も描いた。1927年にテート・ギャラリーのレストランに描いた壁画で知られるようになり、石油会社シェル・ペトロリアムのポスターや雑誌『ラジオ・タイムズ』のポスターやイラストを制作しアールデコ時代を代表するポスター画家とされた。ウェッジウッド社の陶磁器のデザインもした。ロンドンの社交界で肖像画家として成功した。
第二次世界大戦が始まると、35歳のウィスラーは軍隊に入隊することを志願し、1940年6月にウェールズ近衛兵部隊の少尉に任官された。近衛装甲師団(Guards Armoured Division)に配属された[3]。近衛装甲師団は1944年6月4日からのノルマンディー上陸作戦に参加しで6月末にフランスに上陸し、ウィスラーはカーン地域のドイツ軍陣地の突破作戦中に部隊の他の兵士を救うために戦車を離れた後、敵迫撃砲弾のために戦死したとされている。