レナード・ヘイフリック
研究員
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経歴
フィラデルフィア生まれ。1946年ペンシルベニア大学に入学して間もなく陸軍に入隊し、1948年に復学、1951年に卒業し教養学(化学、微生物学)の学士号を取得。1956年に同大学院からPh.D.を取得し、テキサス大学ガルベストン校でポスドクとなった。1958年にウィスター研究所助手となり、1968年スタンフォード大学教授、1982年フロリダ大学教授に就任、1988年から現職。
ヘイフリックの研究は細胞分裂の分野で最もよく知られ、ヒトの正常な体細胞は生涯のうち約50回しか分裂できず、アポトーシスによって死滅することを示した(ヘイフリック限界)。それにより、アレクシス・カレルよって1908年に提唱された「脊椎動物の細胞は無期限に分裂する可能性があり、不滅である」という論文を反証した[1][2]。また、1962年には胎児の肺に由来する繊維芽細胞WI-38株(Wistar Institute-38)を樹立・培養し、各種ワクチンの開発にも携わっている。