レフ・カチンスキ
ポーランド大統領 (1949-2010)
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略歴
- 1971年 - 1977年:グダンスク大学の科学職員
- 1977年:労働者保護委員会(「連帯」の前身)において政界入り。
- 1980年:「連帯」第1回会議代表
- 1980年8月:グダンスクでのストライキに参加し、スト委員会の法律顧問となる。
- 1983年 - 1984年:「連帯」の委員会の1つを率い、後にグダンスク労働組合議長となる。
- 1988年:「連帯」全ポーランド委員会書記
- 1989年:「連帯」全ポーランド委員会幹部会議員。上院議員に選出。
- 1990年:「連帯」全ポーランド委員会副議長
- 1991年:下院議員に選出。大統領官房国家安全保障局長となる。
- 1992年 - 1995年:中央聴講委員会議長、最高監督院議長
- 1990年代:「中道勢力の合意」連合の党首の1人
- 2000年 - 2001年:イェジ・ブゼク政権下で法務相
- 2001年春:兄のヤロスワフと共に、政党「法と正義」(PiS)を創設し、同年、議会選挙で投票数の9.5%を獲得する。
- 2001年:同党党首に選出
- 2002年:ワルシャワ市長
- 2003年:「法と正義」の党首職を兄のヤロスワフと交代
- 2005年:大統領に就任
- 2008年12月2日:来日
- 2010年4月10日:カティンの森事件追悼70周年記念式典の為、自身やマリア夫人を始めとするポーランド政府使節団が乗ったポーランド空軍所属ツポレフ154型専用機がロシア西部スモレンスクの北4kmにあるスモレンスク北飛行場[1]で墜落、乗員乗客96名全員が死亡した[2]。
人物


ワルシャワ出身。父のライムンドはエンジニアで、1944年のワルシャワ蜂起の際は地下組織軍として戦った。母ヤドヴィガは言語学者。妻マリアとはグダンスク大学時代に知り合い、1女をもうけた。
ワルシャワ大学とグダンスク大学の法学部を卒業し、法学博士の称号を持つ。
共産主義時代は連帯発足以前から、法律家の立場で労働者にその権利を説いた。アンジェイ・グヴィヤズダなどと共に連帯の発足に大きく関与し、共産主義崩壊とともに政治の表舞台へと出る。ワルシャワ市長就任後は高い政治手腕を見せ、ワルシャワ市民から高い人気を誇った。その後大統領に転身する。
趣味は歴史と哲学。子供時代、兄のヤロスワフと共に映画「月をぬすんだ双子」(1962年)に出演。レフはイヤツェック、ヤロスワフはプラツェックの役を演じた。