ヤロスワフ・カチンスキ
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ヤロスワフ・カチンスキ | |
| 任期 | 2006年7月14日 – 2007年11月15日 |
|---|---|
| 元首 | レフ・カチンスキ |
| 出生 | 1949年6月18日(76歳) |
| 政党 | 法と正義 |
| 配偶者 | なし |
ヤロスワフ・アレクサンデル・カチンスキ(ポーランド語: Jarosław Aleksander Kaczyński、1949年6月18日 - )は、ポーランドの政治家。右派政党「法と正義」(PiS)の党首(2003年~)。同国の首相(2006年~2007年)・副首相(2020年~2022年)などを歴任し、政界における最高実力者と見做されている[1]。弟のレフと共に、一卵性双生児の政治家として知られる。
「法と正義」が政権を担った2005年から2007年および2015年から2023年にかけて、政府ポストに就いていない時期も含め、歴代の首相人事や重要政策の決定に多大な影響力を発揮した[2][3]。2023年ポーランド議会選挙では第一党となるも過半数を確保できず、ドナルド・トゥスク率いる市民プラットフォームを中心とする野党連合に政権を譲ることとなった[4]。
学生時代は労働者保護委員会(「連帯」の前身)で、1980年代には「連帯」で政治活動をおこなっていた。
2001年、弟のレフと共に「法と正義」(PiS)を創設し、同年の議会選挙で投票数の9.5パーセントを獲得した。2003年、「法と正義」の党首職を弟のレフと交代した。
2005年9月の議会選挙において、PiSは投票数の27パーセントを獲得し、第一党となった。同年10月、弟のレフを大統領に就任させるため、ヤロスワフは首相候補の座を同じ党のカジミェシュ・マルチンキェヴィチに譲った。
2006年7月7日、マルチンキェヴィチが辞任した後、党政治委員会はヤロスワフを首相に推薦し、7月11日に首相に就任した。これにより、首相が兄・ヤロスワフ、大統領が弟・レフという世界初の「双子政権」が誕生した。
2007年議会選挙において、PiSは最大野党市民プラットフォームに敗れた。この結果を受けて11月26日に市民プラットフォームの党首ドナルド・トゥスクに首相の座を譲り、双子政権は終焉を迎えた。
2010年4月10日、弟レフの乗った政府専用機がロシア西部スモレンスクにて墜落し、レフを含めた政府高官多数が死亡したが(ポーランド大統領専用機墜落事故)、兄のヤロスワフは同行しておらず、難を逃れている。
2013年8月に行われたPiS党大会において、無投票で党首に再選された[5]。
政敵トゥスクは2014年12月に欧州理事会議長(欧州連合大統領)に就任。任期満了に伴い2017年3月9日に行われた議長選挙では、反対票を投じトゥスクの再選阻止に動いたものの、他国に同調の動きはなくトゥスクは27対1で再選された[6]。
2023年6月21日、副首相を兼任していた閣僚4人全員が同職を解かれ、カチンスキが再び副首相に就任した。同年秋の総選挙を見据えた政権入りと見られている[1]。
人物
独身で婚歴はなく、パートナーや子女もいない。
子供時代、弟レフと共に映画「月をぬすんだ双子」(1962年)に出演。レフはイヤツェック、ヤロスワフはプラツェックの役を演じた。