レフ・カーメネフ (画家)
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ロシア・クルスク州のルィリスクで生まれた。幼いころに家族はアストラハンに移り、小さい商店を営み、レフ・カーメネフは初等教育を受ける間も家族の仕事を手伝う必要があり、学校を卒業できなかった[1]。知り合いの商人(後に孫のコンスタンチン・コローヴィンは有名な画家になった。)に絵の才能を見いだされてサンクトペテルブルクの帝国美術アカデミーに入学することができた[2]。
1854年にモスクワに移り、モスクワ絵画・彫刻・建築学校に入学し、カール・ヴィルヘルム・ラブスやアレクセイ・サヴラソフのもとで4年間学んだ。
支援者から資金の提供を受けて、1862年から1865年の間はドイツに留学し[3] 、ミュンヘンとデュッセルドルフで学び、スイスでも学んだ。ロシアに戻った後、風景画に専念した。1870年に移動派(巡回美術展協会)創設メンバーとなり1884年まで移動派の展覧会に出展した。最初の展覧会の作品は有名な美術品収集家のパーヴェル・トレチャコフに買い上げられた。
1871年からサヴラソフの後任としてモスクワ絵画・彫刻・建築学校の風景画の教授に就任した。移動派の展覧会に出展した作品は新聞で有力な批評家ウラディーミル・スターソフに賞賛され、1881年に作品は皇帝アレクサンドル3世に買い上げられた。その後、飲酒の習慣もあって、評価は衰えることになった。
モスクワ郊外の村、サヴヴィンスカヤ・スロボダ(Savvinskaya sloboda)の風景をしばしば描き、後にそこに住み[4]、1886年に貧困のうちにサヴヴィンスカヤ・スロボダで亡くなった。