ロジャー・トラウトマン
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略歴
1951年、オハイオ州ハミルトンで生まれる。自身の兄弟らとザップを結成し、ブーツィー・コリンズらPファンク勢の助けを得てデビューする[1]。ザップはデビュー・アルバム収録の「More Bounce to the Ounce」がヒットする。セカンド・アルバムには「ダンス・フロア」「ドゥーワ・ディティ」などが収録され、充実したファンク・アルバムとなった。
ロジャーは1981年にソロ・デビューを果たす。「悲しいうわさ」[注釈 1]、「ソー・ラフ、ソー・タフ」などがソウル・チャートでヒットした。その後も、ザップとソロの両方のアルバムをリリースし続けた。1985年のザップのアルバムからは「コンピューター・ラヴ」がソウル・ヒットとなっている[注釈 2]。1987年にリリースした「ウォナ・ビー・ユア・マン」はポップ・チャートでもヒットした。自身以外の音楽活動としては、ザップに参加したミュージシャンのプロデューサーとしてシャーリー・マードック、ボビー・グローバー、シュガーフット、ディック・スミス、ニュー・ホライズンズ、ヒューマン・ボディ等を担当した。また、ロジャーとザップは来日公演の回数も多かった。
1999年にロジャーは、射殺体で発見された。47歳没。アメリカのメディアは、兄弟のラリー・トラウトマンによって殺害されたと報道している(ラリーは現場から数ブロック先に停めてあった車の車内で、死亡しているのが発見された。ロジャー殺害後に自殺を図ったと見られている)。
ディスコグラフィ
スタジオ・アルバム
- 『ザ・メニー・ファセッツ・オブ・ロジャー』 - The Many Facets of Roger (1981年、Warner Bros.) ※旧邦題『P-ファンク…って何だ!?』
- 『サーガ』 - The Saga Continues... (1984年、Warner Bros.)
- 『アンリミテッド!』 - Unlimited! (1987年、Reprise)
- 『ブリッジング・ザ・ギャップ』 - Bridging the Gap (1991年、Label: Reprise)
シングル
- "I Heard It Through the Grapevine" (1981年)
- "Do It Roger" (1982年)
- "In the Mix" (1984年)
- "In the Midnight Hour" (1984年)
- "Girl, Cut It Out" (1985年)
- "Papa's Got a Brand New Bag" (1987年)
- 「ウォナ・ビー・ユア・マン」 - "I Want to Be Your Man" (1987年)
- "If You're Serious" (1987年)
- "Thrill Seekers" (1988年)
- 「エヴリバディ・ゲット・アップ」 - "(Everybody) Get Up" (1991年)
- "You Should Be Mine" (1991年)
- "Take Me Back" (1992年)