ロッソ・フィオレンティーノ

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ロッソ・フィオレンティーノ
Rosso Fiorentino
17世紀末の書籍の肖像画
生誕 1494年3月8日
フィレンツェ
死没 1540年11月14日
パリ
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リュートを弾く天使』(1521)、ウフィツィ美術館

ロッソ・フィオレンティーノ(Rosso Fiorentino 、1494年3月8日 - 1540年11月14日)は、イタリア出身の画家で、ルネサンスマニエリスム)の美術をフランスに伝える役割を果たした。

フィレンツェの生まれた。本名はジョバンニ・バティスタ・ディ・ヤコポGiovanni Battista di Jacopo)で通称のロッソは赤毛の髪で生まれたことによる仇名である。はじめ、フィレンツェのアンドレア・デル・サルトの工房で学んだ。同時期にヤコポ・ダ・ポントルモ(1494-1557)も同じ工房で修業していた。

1524年にローマに移り、ローマで働くが、1527年にスペイン王の軍隊によるローマ略奪のためにローマを離れた。北イタリア、ヴェネツィアを経て、1531年にフランス王フランソワ1世に招かれてフランスに赴いた。フランソワ1世を継いだアンリ2世にも仕え、フランチェスコ・プリマティッチオ(1504-1570)とともにフォンテーヌブロー城の改築に関わった。フォンテーヌブロー城の広間の壁に、フレスコ画でフランソワの生涯を描いたものが代表作である。

ロッソの影響で、フランスにフォンテーヌブロー派と呼ばれる画家のグループが生まれ宮廷で活躍した。ロッソは1540年に死去した(ジョルジオ・ヴァザーリは、根拠なく自殺と主張している[1]

代表作

作品画像

画集解説

脚注

外部リンク

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