ロナルド・ジョゼフ

From Wikipedia, the free encyclopedia

ロナルド・ジョゼフ(Ronald B. "Ron" Joseph, 1944年10月9日 - 2026年1月20日)は、アメリカ合衆国シカゴ出身[1]整形外科医、元フィギュアスケート選手。1964年インスブルックオリンピックペア銅メダリスト。パートナーは実妹のヴィヴィアン・ジョゼフ

ユダヤ人だが、後にカトリックに改宗した[1]

4歳年下の妹ヴィヴィアン・ジョゼフとペアを組み、1962年の全米選手権で3位となった。翌1963年の北米選手権では銅メダルを獲得した。

1964年インスブルックオリンピックに出場し、カナダのデビー・ウィルクスギー・レベル組と同じ席次数だったものの得点で下回り4位に終わった。しかし、銀メダルを獲得した東西統一ドイツマリカ・キリウスハンス=ユルゲン・ボイムラー組が当時禁じられていたプロ活動の疑いを掛けられメダル剥奪となり、1966年にデビー・ウィルクスギー・レベル組が繰り上がり銀メダル、ヴィヴィアン・ジョゼフ&ロナルド・ジョゼフ組が銅メダルを獲得した。1987年、メダルを剥奪されたマリカ・キリウスハンス=ユルゲン・ボイムラー組の名誉回復がなされ銀メダルを再び授与することになったが、ヴィヴィアン・ジョゼフ&ロナルド・ジョゼフ組が銅メダルは維持され、公式には銀メダルは2つ、銅メダル1つという扱いとなった[2]

1965年全米選手権および北米選手権で優勝、世界選手権では銀メダルを獲得し、同年引退した。

引退後は医学の道に進み、上肢専門の整形外科医となった。特に関節鏡視下修復術の先駆者である。晩年は筋萎縮性側索硬化症(ALS)に罹患し、目以外は動けなくなった。闘病の末2026年1月20日に亡くなった。なお、死去したとき、妻はセントジョンズ郡委員会の委員長である[1]

主な戦績

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI