ロベルト・ズメリク
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ズメリクは、1990年のヨーロッパ選手権で8249ポイントをあげ、3位の東ドイツのクリスチャン・シェンクに84ポイント差の4位という成績を残す。翌年の東京で開催された世界選手権でも8379ポイントで、3位のドイツのシェンクにわずか15ポイント差まで迫り4位となる。
ズメリクは、1992年のバルセロナオリンピック直前の5月30日、31日に、自己ベストとなる8627ポイントを記録。8月5日から行われたオリンピックの十種競技では、初日に一度はトップに立ったものの、5種目を終わったところで85ポイント差の2位で折り返した。ズメリクは、2日目の最初の種目の110mハードルで出場選手中唯一の13秒台を出しトップに返り咲くと、そのままトップをキープし、2位のスペインのアントニオ・ペニャルベルに199ポイント差をつけ金メダルを獲得した。
ズメリクは、1992年のシーズンの以降不調に陥り、ベストのパフォーマンスとはほど遠くなる。1996年アトランタオリンピックでは、8422ポイントとまずまずの結果を残したものの、順位は7位と、同じチェコのトマシュ・ドヴォルザーク(3位)の後塵を拝した。
ズメリクは、1997年のヨーロッパ室内選手権の七種競技で優勝し、最後の輝きを見せた。