厳格な軍人だった父親と、教育熱心だった母親のもとに生まれた。子供の頃にジャカルタに移り、ここで音楽に興味を持つようになった。
学生の頃からバンドを始め、1963年にはゲイハンドという自身のグループを結成した。1969年にはオルケス・ムラーユ・チャンドラ・レイカで初録音。1970年から一年間はオルケス・ムラーユ・プルナマに在籍、ここでは20曲ほどの自作曲を録音する。
1971年には自身の楽団であるオルケス・ムラーユ・ソネタを旗揚げした。以後、数々の活躍で当時の新しいインドネシアの音楽「ダンドゥット」の王様と呼ばれる地位に上り詰めることとなる。[1]