ロリー松下
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来歴
2000年7月22日、母国フィリピンでプロデビュー。
2002年4月22日、元OPBF東洋太平洋フライ級王者のメルビン・マグラモを12回(フィリピンの国内タイトルマッチは12回戦)判定の末、フィリピンGABフライ級王座を獲得。
2003年2月16日、大阪市中央体育館でOPBF東洋太平洋フライ級王者の小松則幸とOPBF東洋太平洋同級タイトルマッチを行い、プロ初黒星となる2回TKO負けを喫した。
2003年4月27日、パークアリーナ小牧で日本スーパーフライ級2位の中村好伸と対戦。初回に痛烈なダウンを奪うなど終始優勢に戦ったが、10回判定負けで2連敗。
2003年5月29日、前戦からわずか1月でPABAフライ級王者コムリット・3Kバッテリーの王座返上に伴いクンスック・ルークプラバート(タイ)とPABAフライ級王座決定戦を行い、判定の末王座獲得に成功。元PABAライトフライ級王者のディーデン・ケンカールンを含む2度防衛後2004年4月に返上。
2004年5月31日、セーンヒラン・ルークバンヤイ(タイ)の持つABCOバンタム級王座に敵地バンコクで挑戦するも12回判定で敗れた。
2005年2月25日、元WBO世界ライトフライ級王者マシブレレ・マケプラ(南アフリカ)の持つWBCインターネショナルスーパーフライ級王座に敵地で挑戦するも12回判定で敗れた。
2005年10月29日、マイケル・ドミンゴの持つフィリピンGABバンタム級王座にマンダウエで挑戦したが12回判定で敗れた。
2006年に来日し、カシミジム所属となりリングネームを「ロリー松下」とした。
2006年7月23日、来日第1戦となるペックロンパイ・ソー・ターンティップ(タイ)戦に石川県産業展示館で出場。しかし4回負傷判定で引分となった。
2007年1月13日、元WBC世界フライ級王者でOPBF東洋太平洋バンタム級王者のマルコム・ツニャカオ(フィリピン)とOPBF東洋太平洋バンタム級タイトルマッチを後楽園ホールで行い、10回負傷判定で破り王座を獲得した。
2007年8月17日、日本バンタム級王者の三谷将之を迎えての防衛戦を高砂市総合体育館で行い12回TKOで初防衛に成功。
2008年1月27日、アルド・ハマーを石川県産業展示館で迎え撃ち、初回TKO勝ちで2度目の防衛に成功。
2008年8月2日、ガオナー・チュワタナ(タイバンタム級王者)をフィリピンセブ市で迎え撃ち、12回判定で4度目の防衛に成功。
2008年10月30日、WBA世界バンタム級王者アンセルモ・モレノ(パナマ)に敵地パナマ市で挑戦。OPBF東洋太平洋バンタム級王座を返上した上で迎えた一戦だが12回0-3判定で敗れた。
2009年1月11日、石川県産業展示館OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者ウェタヤ・サクムアンクラン(タイ)に挑戦し、12回2-1の判定で勝利を収め、復帰戦にして新王者となり、OPBFでの2階級制覇も達成した。同じジム所属の中岸風太が当初挑戦予定だったが、怪我により1階級上げ代打での出場となっていた。
2009年6月21日、愛知県産業貿易館で行われたOPBF東洋太平洋スーパーバンタム級12位の大橋弘政を迎えての初防衛戦では、左手首の故障が序盤に悪化し、7回KO負けを喫し、王座から陥落した。
2010年11月20日、復帰戦を初回KOで勝つ。
2011年4月24日、元インドネシアバンタム級王者ラスマヌディンを5回KOで降し、OPBF東洋太平洋バンタム級9位からOPBF東洋太平洋同級2位に順位を上げた。
2011年7月31日、神戸サンボーホールでOPBF東洋太平洋バンタム級王者マルコム・ツニャカオの王座返上に伴いOPBF同級1位のゼロフィット・ジェロッピ端山(千里馬神戸)とOPBF東洋太平洋同級王座決定戦を行い、8回KO勝ちを収め王座返り咲きを果たした。
2011年12月11日、石川県産業展示館で大場浩平とOPBF東洋太平洋バンタム級タイトルマッチを行い、11回15秒TKO勝ちを収め初防衛に成功した[1]。
2012年3月18日、名古屋国際会議場で李志渙(韓国)とOPBF東洋太平洋バンタム級タイトルマッチを行い、初回1分30秒KO勝ちを収め2度目の防衛に成功した[2]。
2012年9月23日、石川県産業展示館でOPBF東洋太平洋バンタム級2位船井龍一(ワタナベ)とOPBF東洋太平洋バンタム級タイトルマッチを行い、9回36秒TKO勝ちを収め3度目の防衛に成功した[3]。
2013年5月、OPBF東洋太平洋バンタム級王座を返上した[4]。