ローズバーグの殺人

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キャンプ・ローズバーグに収容されていた日系人たち(1942年 - 1943年頃)

ローズバーグの殺人(Lordsburg Killings)とは、第二次世界大戦中のアメリカ合衆国で起こった殺人事件である。1942年7月27日、ニューメキシコ州ローズバーグ英語版にあった日系人収容所キャンプ・ローズバーグにおいて、何れも1世の小畠 都四郎(こばた としろう)と磯村 広太(いそむら ひろた)の2人が射殺された。銃撃を行ったクラレンス・バールソン上等兵(Clarence Burleson)は殺人の容疑で起訴を受けたが、軍法に則った手続きを経て銃撃を行った旨を証言し、後に無罪となった[1][2]

ニューメキシコ州南西端に位置するキャンプ・ローズバーグは、司法省管轄下の敵国人収容所として設置された。建設は1941年の真珠湾攻撃直後から始まっている。キャンプは3つの区域から成り、それぞれにバラックと便所、その他の施設が設置されていた。1942年6月初旬に送られてきた最初の収容者グループは全員がカリフォルニア州在住者だった。当時、彼らはFBIから「潜在的な危険分子」と見なされており、彼らの収容は国家安全保障上不可欠だとされていた[3]

7月27日の事件はキャンプ・ローズバーグにおける最初の銃撃事件ではなかった。収容所の運営自体は司法省の管轄だったが、サザン・パシフィック鉄道の路線を利用した収容者の護送は陸軍が管轄していた。陸軍では地元住民の不安を軽減するべく、収容者らを収容所からおよそ2マイルほど離れたウルモリス側線(Ulmoris Siding)にて下車させ、深夜から早朝にかけて徒歩で移動させていた。ニューメキシコ州歴史局によれば、以前にもこの行進中に逃走を試み、看守に射殺された者がいたとされる[1][2]

7月27日

事件後

脚注

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