ワイアットの乱
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反乱の計画
反乱には四人の主な指導者がいた。
- サー・トマス・ワイアット
- サー・ジェームズ・クロフト
- サー・ピーター・カルー
- サフォーク公ヘンリー・グレイ
さらに、スペインとイングランドの接近をよしとしないフランスの大使も反乱に加担していた。4人の指導者はそれぞれの本拠の地域で兵をあげ、ロンドンに攻めよせ、メアリー1世を退位させて、プロテスタントの妹エリザベス王女を王位につけ、さらにデヴォン伯エドワード・コートニーと結婚させるつもりであった。フランスは艦隊を派遣して、フェリペのイングランド上陸を阻むつもりであった。
だが、神聖ローマ帝国大使シモン・ルナールが計画を嗅ぎ付け、大法官であった司教スティーブン・ガーディナーに知らせ、逮捕されたデヴォン伯が計画を漏らすことになった。
ヘンリー・グレイは挙兵をあきらめて逮捕され、やがて斬首された。先の陰謀で入牢中だった娘のジェーン・グレイとその夫のギルフォード・ダドリーはこの反乱には無関係だったが、警戒されてやはり処刑された。
ジェームズ・クロフトはエリザベスと会談したが、反乱の成功の可能性が低いことを知り、断念して逮捕された。
プロテスタントの貴族は反逆罪に加担することを渋り、その下の農民たちは大多数がカトリックであり、兵は集まらなかった。ピーター・カルーはノルマンディーに逃亡したが逮捕された。フランス艦隊は引き返した。
