ワット・チェンマン
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座標
北緯18度47分38秒 東経98度59分21秒 / 北緯18.79389度 東経98.98917度座標: 北緯18度47分38秒 東経98度59分21秒 / 北緯18.79389度 東経98.98917度
地区
チエンマイ
州
チエンマイ県
| ワット・チェンマン วัดเชียงมั่น Wat Chiang Man | |
|---|---|
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| 基本情報 | |
| 座標 | 北緯18度47分38秒 東経98度59分21秒 / 北緯18.79389度 東経98.98917度座標: 北緯18度47分38秒 東経98度59分21秒 / 北緯18.79389度 東経98.98917度 |
| 宗教 | 仏教 |
| 地区 | チエンマイ |
| 州 | チエンマイ県 |
| 国 |
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| 建設 | |
| 様式 | ラーンナー様式 |
| 創設者 | マンラーイ |
| 完成 | 1297年 |
| 資材 | 煉瓦、木材 |
ワット・チェンマン(ワット・チエン・マン、Wat Chiang Man 〈Wat Chiang Mun〉、タイ語: วัดเชียงมั่น)は、タイの北部、チエンマイのうち市防壁と堀に囲まれた旧市街にある仏教寺院(ワット、wat)である。
構成





- チェーディー・チャーンローム (Chedi Chang Lom)
- 「ゾウの仏塔」(英: ‘Elephant Chedi’)として知られるこの仏塔(チェーディー、chedi)は、寺院の複合建造物のなかで最も古い構造物である。正方形の基壇には、煉瓦と化粧しっくい(スタッコ)でできた15頭の実物大のゾウの前半身像が立ち、第2層を支えている。それらのゾウは建物の上層部を背に担いでいるように見える。金箔が施された仏塔の上部には、尖頂のすぐ下に鐘形の遺物(舎利)室などがある。
- 中央礼拝堂 (Main Wihan)
- 2棟のうち大きな礼拝堂(ウィハーン、wihan)は、1920年代に高僧 Khru Ba Srivichai により改修された。建物は仏像に囲まれた祭壇のための大きな仏堂(モンドップ、mondop)を備える。仏立像の1体には、その基部に西暦1465年を示す年が刻まれており、それはラーンナー王朝に制作された最も古い彫像である。それはまた托鉢の鉢をもつタイで最古の仏像である。礼拝堂の正面は、花や植物の題材の間にキールティムカの金箔の彫刻が施されている。
- 新礼拝堂 (New Wihan)
- 2棟の礼拝堂のうち小さい新堂内にある仏堂(モンドップ)には、2体の貴重な仏像が安置されており、それらの保護的な力によりチエンマイの守護仏とされる。
- プラ・セータン・カマニー (Phra Sae Tang Khamani)
- この坐像は「プラケーオカオ」 (‘Phra Kaew Khao’) または「水晶の仏像」(英: ‘Crystal Buddha’)としても知られる[5]。この高さ10cmの像は、透明な石英の結晶を削って彫られている。一説によると、この像は西暦200年ごろロッブリーの王 Ramraj のために手技を駆使して作られ、662年に女王チャマデヴィによりハリプンチャイ王国(現在のラムプーン)に持ち込まれたといわれる[6]。それは王マンラーイがランプーンを征服した後[3]、1296年になって初めてチエンマイに移された。その都からの略奪を切り抜けたことから、この像は災いから守ると考えられている[2]。しかしながらまた一説では、この像の年代は、その様式の特徴に基づき15世紀に創作されたものとする[7]。金色に覆われた木製の台座と黄金の天蓋は、後の1874年にチエンマイのインタウィチャヤーノン王より寄贈され付加された。それらは合わせて6kg余りの金を有している。
- プラ・スィラー (Phra Sila)
- 本堂 (Ubosot)
- 本堂(ウボーソット、ubosot)の正面には1581年の石碑が認められる。この碑にはチエンマイの創立日、西暦1296年4月12日午前4時という最も古い記述がある。それはまた、本堂が王マンラーイの命令によるものであり、1571年にプーヤ・セーン・ルアン (Phya Saen Luang) が修復されたことが記されている。現在の建物は19世紀に建てられた。
- 経蔵 (Ho Trai)
- ハス池 (Lotus Pond)
- 経蔵と同じく寺院の池はほとんどのチエンマイの寺院のように特徴をもたない。ワット・プラシンとともに1つの池がある。