ワーク・ライフ・バランス
仕事と私生活のバランスを取った働き方や生活方針
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ワーク・ライフ・バランス(英: work–life balance)とは、ひとりひとりの人が自分の時間を、仕事とそれ以外で、どのような割合で分けているか、どのようなバランスにしているか、ということ[1]。英語辞書コリンズに掲載されている定義では、ひとりひとりの人が、日々をどのように構成しているか、たとえば仕事に何時間つかい、友人との交流や趣味の活動に何時間つかっているか、ということ[2]。

赤は有償労働、橙は無償労働、青はパーソナルケア、緑はレジャー。
仕事と、仕事以外の生活(友人関係、家族関係、趣味など)に関しての、日々の時間の割合・比率。 「働きすぎ」に陥らず、友人・家族などとの時間や趣味などに時間をしっかりと割り当てることで心身を健康に保ち、過労死や自殺を防ぐことを目的とする。 日本では「仕事と生活の調和」とも訳される。
日本の内閣府は「国民一人ひとりがやりがいや充実感を持ちながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できること」と解釈をしている[3]。
研究者の間では合意された定義が得られていないとされるが[4]、国際労働機関(ILO)は良好な仕事と生活の調和が職務満足と心身の健康に結びつき、企業にも人材の定着や生産性の面で便益をもたらすと総括している[5]。日本では2007年(平成19年)に政府・地方公共団体・経済界・労働界の合意により「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」が策定され、仕事と生活の調和と経済成長を「車の両輪」と位置づけて、就労による経済的自立、健康で豊かな生活のための時間の確保、多様な働き方・生き方の選択を政策目標に掲げている[6][7]。世界保健機関と国際労働機関は、週55時間以上の長時間労働に起因する脳卒中と虚血性心疾患による死亡が2016年に世界で74万5000人にのぼったと推計しており[8]、経済協力開発機構(OECD)は「より良い暮らし指標」の領域の一つとしてワーク・ライフ・バランスを測定している[9]。欧州連合では2019年に「親と介護者のためのワーク・ライフ・バランスに関する指令」が採択され、育児休業・介護者休暇・柔軟な働き方の請求権が加盟国共通の最低基準となった[10]。一方、施策と企業業績の因果関係や、柔軟な働き方の帰結の男女差については研究上の議論が続いている[11][12]。
概説
仕事・労働は、賃金を得るための生活の糧であり、個々の暮らしを支える重要なものである。また、充実した生活・人生を送るための糧でもあり、仕事・労働にやりがいや生きがいを見出すことも大切な要素である。 しかし近年は仕事のために他の私生活の多くを犠牲にしてしまう仕事中毒(ワーカホリック)状態となり、心身に疲労を溜め込みうつ病に代表される精神疾患を患ったり、過労死や自殺に至ったり、家庭を顧みる時間がなくなることで家庭崩壊に陥るなどの悲劇を生む事例が後を絶たなくなった[13]。
仕事をしなければ収入が得られず、経済的に困窮する原因となる。逆に時間の大半を仕事に費やす長時間労働では心身の健康を害するほか、家庭や地域との和を乱す原因ともなる。これらを両立するには、仕事と(その他の)生活のバランスを取ることが必要である[3]。
仕事と生活のバランスを崩したことで起こる悲劇の急増は、国民(労働者)にとって日々の私生活や将来への大いなる不安を抱かせることになり、却って社会の活力を低下させてしまうことになる[3]。さらには多忙で安定した生活ができないことにより出生率低下・少子化に繋がり、人口を減らす原因となってしまうとも考えられている[3][14]。
こうしたことから、仕事と生活のアンバランスが原因で引き起こされる多くの悲劇を抑えようと、「仕事と生活の調和」、ワーク・ライフ・バランスが叫ばれるようになった。
概念
用語と定義
研究者の間では、「ワーク・ライフ・バランス」の語が広く使われている一方で合意された定義は得られていないと指摘されている。KalliathとBroughは2008年の総説で、文献には多数の定義と尺度が併存しているとして、①複数の役割 ②役割間の公平 ③役割間の満足 ④役割の重要度の充足 ⑤葛藤と促進の関係 ⑥知覚された統御、という6つの概念化を整理した[4]。Casperらは2018年に290本の論文を検討し、233の概念定義が5つの型に分類できることを示すとともに、「バランス」は仕事と家庭の葛藤や相互促進とは置き換えられない独自の構成概念であると報告した[15]。
日本では「仕事と生活の調和」と訳され、2007年(平成19年)の仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章は「仕事と生活の調和が実現した社会」を「国民一人ひとりがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる社会」と定義し、その具体的な姿として「就労による経済的自立が可能な社会」「健康で豊かな生活のための時間が確保できる社会」「多様な働き方・生き方が選択できる社会」の3つを挙げている[7]。内閣府はこのほか、男女共同参画会議の専門調査会が2007年7月の報告で示した「老若男女誰もが、仕事、家庭生活、地域生活、個人の自己啓発など、様々な活動について、自ら希望するバランスで展開できる状態」という定義や、厚生労働省の推進協議会が2006年10月に示した「働く人が仕事上の責任を果たそうとすると、仕事以外の生活でやりたいことや、やらなければならないことに取り組めなくなるのではなく、両者を実現できる状態」という定義を紹介している[7]。
隣接する概念
ワーク・ライフ・バランスの研究は、仕事と家庭の役割が互いに両立しにくくなる「仕事と家庭の葛藤」(work–family conflict)の研究を土台としている[15]。Clarkは2000年に「仕事・家庭 境界理論」を提示し、人は仕事と家庭という領域の間を日々越境する存在であるとして、領域の統合と分離、境界の形成と管理、越境者の関与などが両者の調和に影響すると論じた[16]。GreenhausとPowellは2006年に、一方の役割での経験が他方の役割の生活の質を高める程度を「ワーク・ファミリー・エンリッチメント」と定義し、葛藤だけでなく相互促進の側面を扱う理論モデルを提示した[17]。
測定
経済協力開発機構(OECD)は、暮らしの質を複数の領域で測る「より良い暮らし指標」の一つにワーク・ライフ・バランスを置き、週50時間以上有償労働に就く被用者の割合と、フルタイム就業者が個人ケア(食事・睡眠など)と余暇に充てる時間の2つを指標としている。OECDは長時間労働が健康を損ない、安全を脅かし、ストレスを高めうると説明し、加盟国では被用者の10%(男性約14%・女性約6%)が週50時間以上働き、フルタイム就業者は1日平均15時間(1日の63%)を個人ケアと余暇に充てているとしている[9]。欧州の研究では、欧州生活労働条件改善財団の欧州労働条件調査が用いる「労働時間が家庭や社会生活上の用事に適合しているか」という設問が、ワーク・ライフ・バランスの指標として広く用いられている[18]。日本の行動指針は、社会全体の実現状況を測る「仕事と生活の調和」実現度指標を定め、個人の実現度指標を「仕事・働き方」「家庭生活」「地域・社会活動」「学習や趣味・娯楽等」「健康・休養」の5分野で構成するとともに、13項目の数値目標を設定している[19][20]。
歴史
労働時間規制から「仕事と生活の調和」へ
産業革命以後の長時間労働に対しては、19世紀から8時間労働を求める労働運動が広がり、1919年に設立された国際労働機関は最初の条約として、工業的企業における労働時間を1日8時間・週48時間に制限する第1号条約を採択した[21]。
欧州連合では、労働時間指令(2003/88/EC)が週48時間の上限や休息時間などの最低基準を加盟国共通に定めており(後述)[22]。2019年6月には「親と介護者のためのワーク・ライフ・バランスに関する指令」(指令 (EU) 2019/1158)が採択され、加盟国は2022年8月2日までに国内法令を整備することとされた[10]。
日本
日本では1947年(昭和22年)制定の労働基準法が長く週48時間制を維持していたが、1987年の改正で週40時間制を目標とする段階的な短縮が始まり、1994年4月から週40時間制となった(猶予措置あり)[23]。1992年には「労働時間の短縮の促進に関する臨時措置法」(時短促進法)が制定され、2006年に「労働時間等の設定の改善に関する特別措置法」に改組された[24]。
1991年(平成3年)には育児休業法(平成3年法律第76号)が制定され、その後の改正で介護休業等を加えた現行法は、子の養育または家族の介護を行う労働者の雇用の継続と「職業生活と家庭生活との両立」への寄与を目的に掲げている[25]。2006年(平成18年)10月には厚生労働省の「男性が育児参加できるワーク・ライフ・バランス推進協議会」が、2007年7月には男女共同参画会議の専門調査会が、それぞれワーク・ライフ・バランスの定義を示した[7]。
2007年(平成19年)12月18日には官民トップ会議が「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」と行動指針を策定し(後述)、2010年(平成22年)6月29日に政労使トップの新たな合意で改定された[26]。2014年11月には過労死等防止対策推進法が施行され[27]、2017年(平成29年)3月には働き方改革実現会議が「働き方改革実行計画」を決定した[28]。2018年(平成30年)7月に公布された働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律により、2019年4月から時間外労働の上限が法律で定められ、年次有給休暇の年5日の時季指定が使用者に義務づけられた[28][29][30]。2024年(令和6年)5月に公布された改正育児・介護休業法は、3歳以上小学校就学前の子を養育する労働者について柔軟な働き方を実現するための措置を事業主に義務づけ(2025年10月施行)[31]、同年8月には「過労死等の防止のための対策に関する大綱」が改定された[32]。
意義と効果
仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章は、現実の社会には「安定した仕事に就けず、経済的に自立することができない、仕事に追われ、心身の疲労から健康を害しかねない、仕事と子育てや老親の介護との両立に悩む」など、仕事と生活の間で問題を抱える人が多く見られると述べ、仕事と生活の調和と経済成長を「車の両輪」と位置づけている[6]。
健康と生命
世界保健機関(WHO)と国際労働機関(ILO)は2021年5月、長時間労働に関する初めての共同推計を公表し、週55時間以上の労働に起因する脳卒中と虚血性心疾患による死亡が2016年に世界で74万5000人にのぼり、2000年から29%増加したと発表した[8]。この推計によれば、週55時間以上働く人は週35〜40時間の人と比べて脳卒中のリスクが35%、虚血性心疾患で死亡するリスクが17%高く、長時間労働は推計された労働関連の疾病負荷の約3分の1を占める最大の職業性リスク要因とされた[8][33]。欧州・米国・オーストラリアの25研究(60万3838人)を統合した2015年のメタ分析でも、週55時間以上の労働は週35〜40時間と比べて冠動脈疾患の相対リスクが1.13倍、脳卒中が1.33倍で、脳卒中については労働時間が長いほどリスクが高まる用量反応関係が確認された[34]。35か国18万9729人を対象とした2018年のメタ分析は、長時間労働と抑うつ症状の発症との関連(オッズ比1.14)を報告している[35]。労働時間の家庭・社会生活との適合性について、欧州27か国の被用者2万4096人を分析した2014年の研究では、労働時間が家庭・社会生活上の用事に適合していないと回答した被用者は、主観的健康が不良であるオッズ比が2.00、精神的健康が不良であるオッズ比が2.06であり、国による差の相当部分は労働時間・労働時間規制・福祉国家の類型で説明されると報告された[18]。
日本では、過労死等防止対策推進法(2014年施行)に基づき、過労死等の状況と政府の施策が毎年白書として報告されている[27]。厚生労働省の集計では、2025年度(令和7年度)に脳・心臓疾患と精神障害を合わせた過労死等の労災請求は6,212件、支給決定は1,310件で、このうち死亡または自殺(未遂を含む)は145件であった[36]。脳・心臓疾患で労災と認定された事案の時間外労働は、発症前2〜6か月の平均で「60時間以上80時間未満」の区分が最も多かった[36]。内閣府の男女共同参画白書(2023年版)は、OECD11か国の生活時間比較で日本の睡眠時間が男女とも最も短いことを示し、「労働時間が長い分、睡眠時間が短くなっていることが推察される」と述べている[37]。憲章も、労働者の健康を確保し安心して働ける職場を実現するために、長時間労働の抑制・年次有給休暇の取得促進・メンタルヘルス対策に取り組むことが重要であると述べている[6]。
家族・子育て・少子化
憲章は、仕事と生活が両立しにくい社会では「結婚や子育てに関する人々の希望が実現しにくい」うえ「家族との時間」や「地域で過ごす時間」を持つことも難しくなるとし、こうした個人・家族・地域が抱える諸問題を「少子化の大きな要因の1つ」で人口減少にもつながっていると位置づけている[6]。男女共同参画白書(2023年版)は、厚生労働省の「21世紀成年者縦断調査」を引き、子どもが1人以上いる夫婦のうち、夫の休日の家事・育児時間が「なし」の場合に7年間で第2子以降が生まれた割合は50.0%であったのに対し、家事・育児時間がある場合には7割以上で、時間が長いほど子どもが生まれる割合が高い傾向にあると報告している[38]。同白書は、国立社会保障・人口問題研究所の第15回出生動向基本調査(2015年)で、正規雇用で働く女性が理想の子ども数を持たない理由に「自分の仕事に差し支えるから」を選ぶ割合が大きいことから、「仕事か家庭かの選択に迫られ、子供を持つことをあきらめている可能性がある」とも述べている[38]。生活時間の面では、OECD11か国の比較で日本は有償労働時間が最も長く(最短のイタリアの2倍以上)、とくに男性の有償労働時間が著しく長い一方、無償労働の女性分担割合は84.6%と最も大きく、同白書は男性の長時間労働を改善することで男性の無償労働時間を増やす余地が生まれ、女性の有償労働の分担割合も上がると述べている[37]。
2023年(令和5年)12月に閣議決定された「こども未来戦略」は、日本の出生数の減少率が1990年から2000年の10年間で約3%、2000年から2010年で約10%、2010年から2020年で約20%と加速しているとし、「国際的に見ても低水準にある夫の家事・育児関連時間を増やし、共働き・共育てを定着させていくための第一歩が男性育休の取得促進である」として、男性の育児休業取得率の目標を2025年に民間50%、2030年に85%へ引き上げた[39]。厚生労働省の雇用均等基本調査によれば、男性の育児休業取得率は2024年度(令和6年度)に40.5%と前年度の30.1%から10.4ポイント上昇し、女性は86.6%であった[40]。
国際労働機関の2023年の報告書は、長時間労働の一般的な帰結として、仕事と家庭の両立困難、地域社会・市民生活への関与の低下、そして出生率の低下を挙げる研究の総括を引いている[5]。西欧16か国の個人データで出産の時期を分析した2010年の研究は、女性が家庭と就業を両立することを助け、子どもをもつ機会費用を下げる家族政策(出産・育児休業給付や保育補助など)への支出の増加が出生に正の反応を生むと報告した[41]。欧州連合の2019年の指令も、多くの父親が育児休業の権利を利用せず、あるいは相当部分を母親に移転している状況を踏まえ、父親の取得を促すために他方の親へ移転できない期間を1か月から2か月へ拡大したと前文で説明している[10]。
企業の生産性・業績・人材
憲章は、仕事と生活の調和に向けた取組を「企業の活力や競争力の源泉である有能な人材の確保・育成・定着の可能性を高める」ものと位置づけ、業務の見直しを通じて生産性向上につなげることも可能であるとして、企業にとって「コスト」ではなく「明日への投資」として捉えるべきだとしている[6]。厚生労働省の「平成27年版 労働経済の分析」は、OECD諸国の1990〜2013年のデータから「労働時間が短い国ほど労働生産性が高くなる傾向」を示し[23]、内閣府の「平成29年度 年次経済財政報告」も、1人当たり労働時間が短い国ほど1人当たり労働生産性が高いという相関関係を示したうえで、この関係を単純に当てはめれば1人当たり労働時間が10%減少すると時間当たり労働生産性は25%高まる計算になると試算している[42]。同報告は、ワーク・ライフ・バランスの取組が労働者のモチベーション向上などの経路を通じて企業の労働生産性を高める可能性を先行研究が示しているとし、取組を行う企業のうちその内容としては長時間労働の是正(約64%)が最も多く、多様な働き方の推進(約38%)がこれに続くと報告した[42]。
研究面では、58本の論文を統合した2020年のメタ分析が、ワーク・ライフ・バランス施策と組織業績の間に正の関係(オッズ比1.181)を見いだし、業績の6側面のうちキャリア動機・出勤・採用・定着の4つで有意な関連を報告している[43]。中国の旅行会社のコールセンター従業員を在宅勤務群と出社群に無作為に割り付けた9か月の実験では、在宅勤務により業績が13%上昇し、勤務満足度が改善して離職率が半減した一方、業績を統制した昇進率は低下した[44]。米国の情報技術関連の職場で行われた部署単位の無作為化試験では、上司に部下の私生活への支援の価値を研修し、働く時間と場所の見直しを促す取組によって、仕事と家庭の葛藤と家族と過ごす時間の充足が統計的に有意ではあるが小幅に改善し、労働時間や仕事の要求度が増した証拠は認められなかった[45]。国際労働機関の2023年の報告書も、柔軟な労働時間制度が離職率の低下による採用費用の減少や生産性の向上と関連していると述べ、柔軟な働き方やテレワークを提供していた企業のうち約70%が生産性の向上を報告したとする同機関の2019年の調査を引いている[5]。他方、施策と企業業績の因果関係を疑問視する研究もある(後述)。
日本の「令和7年版 労働経済の分析」は、1980年代には長時間労働を前提とした働き方がみられたが、その後「ワーク・ライフ・バランスに配慮した柔軟な働き方へと見直しが進んできた」とし、働きやすい環境整備は企業の人材確保と労働者の持続可能な働き方の実現につながることが期待されると述べている[46]。同白書が引く2025年の調査では、職場を「働きやすい」と感じる労働者のうち現在の企業で長く勤めることが望ましいと考える者は約88%、「まあ働きやすい」では約72%であるのに対し「働きにくい」では約39%で、働きやすさの要因として約61%が「残業が少ない」こと、約50%が「柔軟な有休制度の導入・推進」を挙げた[46]。企業側でも約75%が年次有給休暇の取得促進、約54%が長時間労働の防止策に取り組み、中途採用ではワーク・ライフ・バランス制度の整備を長期的に安心して働ける環境としてアピールしていると同白書は報告している[46]。厚生労働省は、次世代育成支援対策推進法に基づく子育てサポート企業の認定制度(くるみん認定・プラチナくるみん認定・トライくるみん認定)を設け、認定企業がマークを広告等に付すことで「優秀な従業員の採用・定着などにつながります」と説明している[47]。
女性・介護者・高齢者の就業継続
憲章は、人口減少時代には社会全体として女性や高齢者の就業参加が不可欠であるが、働き方や生き方の選択肢が限られている現状では多様な人材を活かすことができないと指摘している[6]。総務省の就業構造基本調査(2022年)によれば、育児をしている者965万人のうち有業者は821万人(85.2%)で、女性の有業率は73.4%と5年前から9.2ポイント上昇した[48]。介護をしている者は629万人で、このうち有業者は365万人(58.0%)にのぼる一方、「介護・看護のため」に直近1年間に前職を離職した者は11万人で、2007年から2017年にかけて減少した後、2017年から2022年にかけて増加に転じた[48]。行動指針は第1子出産前後の女性の継続就業率を2020年までに55%(改定時の直近値38.0%)へ高めることを数値目標の一つとし[20]、2024年(令和6年)の育児・介護休業法改正では、介護離職の防止のため、事業主に両立支援制度の早期の情報提供や介護に直面した労働者への個別の周知・意向確認が義務づけられた[49]。「令和7年版 労働経済の分析」は、若年層が就業を継続している理由として「残業が少ない、有休を取得しやすい等、働きやすい環境」「フレックスタイムや短時間勤務により、柔軟に働ける」「在宅勤務・テレワークにより、柔軟に働ける」を挙げる割合が高いと報告している[46]。
幸福とウェルビーイング
国際労働機関の2023年の報告書は、良好な仕事と生活の調和が職務満足の向上や雇用の安定感と結びつくことは実証されており、被用者の心理的・身体的健康にも有意な正の効果をもつと述べ、全体として否定的な心理的・生理的影響を防ぐうえで有効であると総括している[5]。米国の情報技術関連の労働者867人を対象とした無作為化試験では、労働時間の裁量と上司の支援を高める取組によって、早期に調査された群では12か月間で燃え尽き・自覚的ストレス・心理的苦痛が減少し、職務満足が上昇したと報告されている[50]。日本の「令和7年版 労働経済の分析」は、内閣府の「国民生活に関する世論調査」で理想の仕事として「収入が安定している仕事」が一貫して高い割合を占めるとともに、2018年から加わった「私生活とバランスがとれる仕事」も高い割合を示しているとし、収入の安定とワーク・ライフ・バランスを重視する傾向がみられると述べている[46]。
研究動向
学術的には、ワーク・ライフ・バランスの重要性が、複数の質の高い証拠とされる統計的多文献分析や体系的な見解を示した系統的レビュー論文によって支持されている[43][51][52][53][54][55][56][57][58][59][60][61][62][63][64][11]。このため、ワーク・ライフ・バランス政策は重要である[65]。ワーク・ライフ・バランス[56][57]と柔軟な勤務形態は幸福にとって重要であり[66]、幸福もまた成功に繋がるという[67][68][69][70]。したがって、モバイルワークは重要であり[71]、テレワークは生産性や幸福感などを高めるが[72]、テレワークに適さない人もいる[73]。2023年の系統的レビュー論文によれば、人工知能はワーク・ライフ・バランスの改善に役立つ可能性がある[74]。
各国の状況
国際比較
OECD各国においては、フルタイム労働者は一日あたり14-16.5時間の休息を取っており、これにはレジャーや個人ケア、睡眠などが含まれる[75]。最長はイタリアの16.5時間、最短は日本の14時間であった[75] 。また、女性よりも男性のほうが平均して30分長かった[75]。 国際労働機関の2023年の報告書によれば、2019年時点で世界の労働者の約3分の1(35.4%)が週48時間を超えて働いており、地域別ではアジア太平洋が最も高く(46.7%)、欧州・中央アジアが最も低かった(11.0%)[5]。同報告書は、週48時間を超える長時間労働は仕事と生活の調和の水準の低下と仕事と家庭の葛藤の増加に結びつき、とくに非自発的な長時間労働でその傾向が強いと述べている[5]。OECDの「より良い暮らし指標」では、日本について、週50時間以上働く被用者の割合が加盟国平均の10%より大幅に高く、フルタイム就業者が個人ケアと余暇に充てる時間は1日平均14.1時間で加盟国平均の15時間を下回るとされている[9]。なお、OECDは年間労働時間のデータについて、時系列の傾向の比較を意図したものであり、ある年の平均年間労働時間の水準を国際比較することには適さないと注記している[76]。
日本

日本では少子化対策・男女共同参画の文脈で語られることが多いが、出生率向上・男女均等政策のみならず、労働時間政策、非正規労働者政策など働き方の全般的な改革に関わる。
2007年(平成19年)12月18日、政府、地方公共団体、経済界、労働界の合意により、「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」が策定され[77]、政府は、ワーク・ライフ・バランス推進のため、国民運動「カエル!ジャパン キャンペーン」を開始した[78]。
その後、2010年(平成22年)6月29日に憲章と「仕事と生活の調和推進のための行動指針」は改定され、日本におけるワーク・ライフ・バランスの政策目標は、「就労による経済的自立が可能な社会」「健康で豊かな生活のための時間が確保できる社会」「多様な働き方・生き方が選択できる社会」の3つの社会像として、より具体的に整理された[79][19]。ここでいう「就労による経済的自立」には、若者の学校から職業への円滑な移行、非正規雇用から正規雇用への移行可能性、就業形態にかかわらない公正な処遇と能力開発機会の確保が含まれる[19]。また「時間の確保」の柱では、長時間労働の抑制、労働時間関係法令の遵守、年次有給休暇の取得促進、時間当たり生産性の向上が条件として掲げられている[19][79]。さらに「多様な働き方・生き方の選択」の柱では、育児休業、介護休業、短時間勤務、テレワークなど、個人の置かれた状況に応じた柔軟な制度の整備と利用しやすい職場風土づくりが重視され、行動指針では企業と働く者の自主的取組を基本としつつ、国と地方公共団体が子育て・介護等の社会的基盤整備でこれを支える構造も明示されている[19][6][79]。このため、日本の政策文脈におけるワーク・ライフ・バランスは、少子化対策や男女共同参画に限らず、雇用の質、休暇取得、労働時間の適正化、能力開発、育児・介護との両立支援を束ねて扱う枠組みとして位置づけられている[6][19][79]。
数値目標と実績
行動指針は13項目の数値目標を定め、2020年(令和2年)の目標値として、週労働時間60時間以上の雇用者の割合5%(改定時の直近値8.2%)、年次有給休暇取得率70%(同47.6%)、第1子出産前後の女性の継続就業率55%(同38.0%)、男性の育児休業取得率13%(同2.30%)、6歳未満の子どもをもつ夫の育児・家事関連時間1日当たり2時間30分(同67分)などを掲げた(直近値の調査年は2011〜2015年で指標により異なる)[20]。
仕事と生活の調和連携推進・評価部会と関係省庁連携推進会議が2021年(令和3年)6月にまとめた総括文書は、2020年時点の達成状況を指標ごとに評価し、週労働時間60時間以上の雇用者の割合は10.8%(2006年)から5.1%(2020年)に低下して「ほぼ達成」、20〜64歳の就業率は82.2%(2020年)で目標の80%を「達成」とした一方、年次有給休暇取得率は56.3%(2019年)、男性の育児休業取得率は7.48%(2019年)、第1子出産前後の女性の継続就業率は53.1%(2010〜2014年)、6歳未満の子どもをもつ夫の育児・家事関連時間は1日当たり83分(2016年)で、いずれも改善したものの目標には「未達成」と評価した[80]。
過労死等防止対策白書(2025年版)によれば、週40時間以上働く雇用者のうち週60時間以上の者の割合は2024年に8.0%、年次有給休暇取得率は65.3%、勤務間インターバル制度を導入している企業の割合は5.7%であり、2024年8月に改定された大綱はそれぞれ5%・70%・15%を2028年までの目標としている[81]。厚生労働省の就労条件総合調査(2025年)では、年次有給休暇の取得率は66.9%と1984年以降で最も高く、勤務間インターバル制度の導入企業割合は6.9%であった[82]。
働き方改革関連法以降の法制度
厚生労働省は、働き方改革を「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」「育児や介護との両立など、働く方のニーズの多様化」に対応し、多様な働き方を選択できる社会を実現するものと位置づけている[28]。2018年(平成30年)に成立した働き方改革関連法により、労働基準法上の時間外労働の上限は原則月45時間・年360時間とされ、臨時的な特別の事情がある場合でも年720時間以内、複数月平均80時間以内(休日労働を含む)、月100時間未満(同)を超えることができなくなった(大企業2019年4月・中小企業2020年4月施行)[29]。年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者には、使用者が年5日を時季指定して取得させる義務が課された[30]。同時に改正された労働時間等設定改善法では、終業から次の始業までに一定の休息時間を確保する勤務間インターバル制度の導入が事業主の努力義務とされた[24]。同法は「労働者の健康で充実した生活の実現と国民経済の健全な発展」を目的に掲げ、事業主に対して、子の養育や家族の介護を行う労働者など特に配慮を必要とする労働者の事情を考慮することや、取引先に「著しく短い期限の設定及び発注の内容の頻繁な変更」を行わないなど取引上の配慮に努めることも求めている[24]。 2024年(令和6年)5月31日公布の改正育児・介護休業法は、3歳以上小学校就学前の子を養育する労働者について、事業主が始業時刻等の変更(フレックスタイム制・時差出勤)・テレワーク等・保育施設の設置運営等・養育両立支援休暇・短時間勤務制度のうち2つ以上を選択して措置し、労働者がその中から1つを選んで利用できるようにすることを義務づけた(2025年10月1日施行)[31]。家族の介護を行う労働者については従来から、短時間勤務・フレックスタイム制・時差出勤・費用助成のいずれかを利用できる措置を講ずる選択的措置義務が定められている[31]。
認定制度と自治体の取組
厚生労働省は、次世代育成支援対策推進法に基づき一般事業主行動計画の目標を達成した企業を「子育てサポート企業」として認定するくるみん認定を設け、より高い水準の取組を行う企業にはプラチナくるみん認定を、2022年(令和4年)4月には基準の引き上げに伴いトライくるみん認定を設けた(認定基準は2025年4月に改正)[47]。同省は、企業や労働者が指標を用いて働き方・休み方を自己診断し、時間外労働の削減や年次有給休暇の取得促進を図ることを目的とした「働き方・休み方改善ポータルサイト」も運営している[83]。東京都は「生活」を先に置いた「ライフ・ワーク・バランス」の呼称を用い、生活と仕事を両立しながら働き続けられる職場の実現に向けた取組を行う中小企業等を「東京ライフ・ワーク・バランス認定企業」として選定・公表するとともに、2017年度(平成29年度)まで10年間にわたり毎年開催した「ライフ・ワーク・バランスフェスタ」を「ライフ・ワーク・バランスEXPO」として継続している[84]。
労働環境の実態とワークライフバランス
日本は国際労働機関の労働時間に関する条約(1号、30号、47号、153号[85]など)を1つも批准しておらず、時間外労働の要請条件さえ満たせば労働時間の上限はなくすことができる(労働基準法第33条第1項、第33条第3項、第36条第1項)。日本では時間外労働の条件として残業代(割増賃金)を支払うことが法律上必須(労働基準法第37条第1項)とされ、これを支払わない使用者に適用される罰則も規定されている(労働基準法第119条)が、サービス残業が横行する事業所もあり[86][87][88]、さらには休暇日数も少なめで、年次有給休暇の取得率が他先進国よりも著しく低い[86][89](有給休暇に関する条約(132号)も日本は批准していない[90])。
日本特有の長時間労働はしばしば貿易摩擦の原因となり、日本と欧米諸国を比較した際の労働時間水準の差が不公平競争として欧米諸国より批判された。そのため、政府が1987年の労働基準法改正より10年をかけて原則週40時間制(2012年現在も例外有:労働基準法第36条、131条など)とした。よって、この労働時間短縮そのものはワーク・ライフ・バランスの取り組みとは関係がない[91]。
HSBCホールディングスの国際バンキング部門、HSBC EXPAT調べによる「海外勤務にベストな国ランキング」2016年版において、日本は調査対象45の国と地域の中で20位であったが、この「ワーク・ライフ・バランス」においては最下位であった[92]。
欧州連合
欧州連合では、労働時間指令(2003/88/EC)が加盟国共通の最低基準として、時間外労働を含む週労働時間を参照期間の平均で48時間以内とすること、24時間ごとに連続11時間の休息、7日ごとに24時間の休息、年4週間の有給休暇などを定めている[22]。2017年11月17日に欧州議会・理事会・欧州委員会が宣言した「欧州社会権の柱」は、第2原則(男女平等)と第9原則(ワーク・ライフ・バランス)でこれらの原則を再確認しており[10]、2019年6月に採択された「親と介護者のためのワーク・ライフ・バランスに関する指令」(指令 (EU) 2019/1158)は、父親(国内法が認める場合は同等の第2の親)に子の出生に際して10労働日の父親休暇を、各労働者に加盟国が定める年齢(8歳まで)に子が達する前に取得する4か月の育児休業(うち2か月は他方の親に移転できない)と年5労働日の介護者休暇を保障することを加盟国に義務づけるとともに、少なくとも8歳までの子を持つ労働者と介護者に対し、テレワーク・柔軟な勤務時間・労働時間の短縮などの「柔軟な働き方」を請求する権利を保障し、使用者に合理的な期間内の検討・回答と、拒否する場合の理由提示を義務づけた[10]。加盟国は2022年8月2日までに国内法令を整備することとされた[10]。欧州連合統計局の2019年の調査では、EU27か国の就業者のうち始業・終業時刻を完全に自分で決められる人は18.1%、一部を決められる人は21.2%で、60.8%は使用者・組織・顧客が決めていた[93]。
ドイツ
ドイツの両親手当・親時間法(BEEG)は、子の出生後に就業所得が減少した親に支給する両親手当を出生前の就業所得の67%(月額1,800ユーロが上限)とし、両親は合わせて12か月分の基本両親手当を、一方の親の就業所得が2か月間減少する場合はさらに2か月分(パートナー月)を請求できると定めている[94][95]。基本両親手当1か月分の代わりに、就業と組み合わせやすい「両親手当プラス」を2か月分受けることもでき、両親手当プラスは子が満32か月になるまで受給できる[95]。
フランス
フランスの法定労働時間は週35時間(年1,607時間)で、1日10時間・週48時間(12週平均で44時間)を上限とする[96]。
オランダ
オランダでは、2000年2月19日の労働時間調整法を改称した「柔軟な働き方法」(Wet flexibel werken)により、変更の開始予定時点の少なくとも26週前から同じ使用者に雇用されている労働者は、労働時間・就業場所・勤務時刻の変更を使用者に請求できる[97]。
イギリス
イギリスでは、すべての被用者が労働時間・始業終業時刻・勤務日・勤務場所の変更を請求する法的権利をもつ[98]。2023年の雇用関係(柔軟な働き方)法と柔軟な働き方(改正)規則により、2024年4月6日からは勤続26週間の要件が撤廃され、被用者は入社初日から労働時間・始業終業時刻・勤務日・勤務場所の変更を請求できるようになった[99][98]。使用者は請求を「合理的な方法で」扱う義務があり、正当な事業上の理由があれば拒否できる[98]。また共同育児休業制度により、両親は最長50週の休業と最長37週の給付を分け合うことができる[100]。
スウェーデン
スウェーデンの両親手当は、各親が疾病給付水準で195日、最低水準で45日を受給でき、日数は相互に移転できるが、疾病給付水準のうち90日は各親に留保され他方へ移転できない[101]。
アメリカ合衆国
アメリカ合衆国の連邦法である家族・医療休暇法(FMLA)は、対象となる使用者(75マイル以内に50人以上の被用者を有する事業所)の適格な被用者に、家族と医療上の理由で12か月に最長12労働週の無給かつ雇用が保護された休暇を保障し、休暇中も団体健康保険を継続することを使用者に求めている[102]。
カナダ
カナダでは首相のジャスティン・トルドーが国家に仕えるためにはワーク・ライフ・バランスが必要であると強調している[103]
カナダ政府の雇用保険の育児給付は、標準給付では両親で最長40週(1人当たり35週まで)を所得の55%の水準で、延長給付では両親で最長69週(1人当たり61週まで)を33%の水準で分け合うことができ、延長給付は子の出生等から78週(18か月)以内に受給する[104]。
大韓民国
大韓民国では、2018年から政府による長時間労働の是正や最低賃金の引き上げが行われた。しかしながら、労働時間の短縮で少なくなった給料を補うために仕事を掛け持ちする労働者が増加したほか、時給アップに耐えられないとして労働者が解雇されるなど弊害が見られた[105][106]。
2018年3月に公布された改正勤労基準法は、休日労働を含む1週の労働時間の上限を法定40時間と延長12時間の合計52時間と定め、公的機関と従業員300人以上の事業所から2018年7月に段階的に施行された[107]。
課題と議論
「バランス」という概念の再検討
Kelliherらは2019年の論文で、これまでの研究は「生活」を主に子の世話とみなし、「仕事」を単一の雇用主のもとでのフルタイム無期雇用という伝統的な形を前提としてきたと指摘し、多様な生活領域と就業形態を含む形に概念を拡張することを提案した[108]。Casperらの総説(前述)も、同じ語で異なる内容が測定されている状況を指摘している[15]。
施策の効果の検証
ワーク・ライフ・バランス施策と企業業績の関係については、因果関係の検証が十分でないとする指摘がある。独・仏・英・米の製造業450社超を分析した2011年の研究は、家族に配慮した職場施策と生産性の正の相関は経営慣行の質を統制すると消えるとし、経営が良好な企業や女性管理職比率の高い企業がこうした施策を多く導入する傾向を報告した[109]。22件の実証研究を検討した2023年のスコーピングレビューは、多くの研究が施策と財務業績の間に弱い正の関係を示し、柔軟な勤務時間とジョブシェアリングで支持が最も強く、在宅勤務では結果が分かれるとしたうえで、既存研究の限界として検出力の低さと因果関係の証拠の不足を挙げた[11]。日本の「令和7年版 労働経済の分析」も、用いた調査が1回限りの調査であるため「雇用管理の取組が労働者の実際の継続就業行動にどのような影響を与えたのか把握することは難しい」と述べ、実証分析で継続就業希望を高める効果が確認されたのは賃金引上げであったとしている[46]。
柔軟な働き方の帰結と男女差
国際労働機関の2023年の報告書は、柔軟な労働時間制度に対して、無償の家事・ケア労働の不均等な分担や性別役割の固定化を強めるという指摘があり、母親は主に育児のために、父親は主に個人的な活動のために利用する傾向が研究で示されていることを挙げている[5]。同報告書は一方で、柔軟な制度の有無と仕事と家庭の葛藤の間に有意な関連を見いだせなかったメタ分析もあるが、そうした立場は明確に少数であり、利用できる研究の大勢は柔軟な労働時間が労働者に便益をもたらすことを示していると述べている[5]。日本の「こども未来戦略」も、男性育休の促進などの施策によって「かえって女性側に家事・育児負担が偏ってしまうということのないように十分に留意しなければならない」と述べている[39]。 ドイツの社会経済パネル(2003〜2011年)を分析した2016年の研究は、勤務時間に対する裁量が時間外労働と収入の増加に結びつくものの、収入の増加は男性に限られ、フルタイムの女性は時間外労働が増えても同様の金銭的報酬を得ていなかったと報告している[110]。Chungとvan der Lippeは、柔軟な働き方の帰結を理解するうえで性別が重要であり、その重要性は家族・組織・国といった文脈によって異なると述べている[12]。
テレワークと境界の曖昧化
2020年から2021年に公表された42本の研究を対象とした2023年のスコーピングレビューは、テレワークとワーク・ライフ・バランス・心理的健康の関係は一様でなく、性別・仕事と私生活の境界の管理方法・テレワークの頻度などの調整要因に依存するとし、テレワークが全ての人にとって有益とは限らないと結論づけている[73]。 国際労働機関の2023年の報告書は、テレワークの可能性を活用しつつ長時間労働の弊害と調和を図る余地の狭まりを抑えるため、国と労使による規制として「つながらない権利」や労働時間の記録といった措置が考えられると述べている[5]。
適用の偏り
国際労働機関の2023年の報告書は、世界の被用者のうち勤務時間について何らかの柔軟性を利用できるのは約半数(47.1%)で、地域別では北ヨーロッパ(55.1%)で最も広く、アフリカでは被用者の約4分の3が固定的な勤務時間で働いているとし、こうした柔軟性は女性より男性に、学歴と個人所得が高い層に、また公的部門より民間部門で広く利用可能であると述べている[5]。日本の憲章は、仕事と生活が両立しにくい現実の第一に「安定した仕事に就けず、経済的に自立することができない」ことを挙げ、行動指針は「就労による経済的自立が可能な社会」の条件として非正規雇用から正規雇用への移行可能性や就業形態にかかわらない公正な処遇を掲げている[6][19]。