ヴァシーリー・ラドロフ

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ヴァシーリー・ヴァシーリエヴィチ・ラドロフロシア語: Васи́лий Васи́льевич Ра́длов1837年1月17日 - 1918年5月12日)は、プロイセン王国生まれのロシアの東洋学者、考古学者、人類学者。出生時の名称はフリードリヒ・ヴィルヘルム・ラドロフドイツ語: Friedrich Wilhelm Radloff)。

現代におけるテュルクテュルク諸語・文化の研究)の創始者の一人と見なされている。

1837年、プロイセン王国領のベルリンで生まれる。ベルリン大学で哲学、古典学、オリエント学を学び、1858年イェーナ大学で博士号を取得した。

同年、ロシア帝国へ渡り、バルナウルギムナジウムでドイツ語とラテン語の教師を務める傍ら、アルタイ地方のテュルク系民族の言語、民俗、考古学の研究に没頭した。1871年カザンへ移り、同地の学校督学官として勤務しながら研究を継続した。

1884年ロシア科学アカデミーの会員に選出され、サンクトペテルブルクへ移住。1894年から1918年に没するまで、科学アカデミー付属人類学・民族学博物館(クンストカメラ)の館長を務めた[1]

研究・業績

ラドロフの研究範囲は極めて広く、言語学、民俗学、歴史学、考古学にわたる。

言語学・民俗学

彼はシベリア中央アジアヴォルガ川流域を広く旅し、テュルク諸語の膨大な資料を収集した。その最大の成果は、全4巻からなる『テュルク語方言辞典』(Versuch eines Wörterbuches der Türk-Dialecte、1893年–1911年)である。また、ヴィルヘルム・トムセンによるオルホン碑文突厥文字)の解読作業にも協力し、碑文の翻訳と公刊をいち早く行った[1]

考古学

考古学者としても先駆的な役割を果たし、シベリアや中央アジアの多くの遺跡(クルガンなど)を発掘した。特にパジリク古墳群の初期の調査や、突厥文字を刻んだ石碑の発見・記録は重要視されている。

主な著作

脚注

参考文献

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