ヴァブル=ラベ
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| Vabres-l'Abbaye | |
|---|---|
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| 行政 | |
| 国 |
|
| 地域圏 (Région) | オクシタニー地域圏 |
| 県 (département) |
アヴェロン県 |
| 郡 (arrondissement) | ミヨー郡 |
| 小郡 (canton) | サンタフリク小郡 |
| INSEEコード | 12286 |
| 郵便番号 | 12400 |
| 市長(任期) |
ミシェル・ベルナ (2014年-2020年) |
| 自治体間連合 (fr) | fr:Communauté de communes Saint Affricain, Roquefort, Sept Vallons |
| 人口動態 | |
| 人口 |
1190人 (2016年) |
| 人口密度 | 29人/km2 |
| 住民の呼称 | Vabrais |
| 地理 | |
| 座標 | 北緯43度56分41秒 東経2度50分13秒 / 北緯43.9448度 東経2.83702度座標: 北緯43度56分41秒 東経2度50分13秒 / 北緯43.9448度 東経2.83702度 |
| 標高 |
平均:m 最低:299 m 最高:730m |
| 面積 | 41.36km2 |
由来
地名は869年と870年にvilla Vabraというつづりで証明されている。villa Vabraとはガリア語から生まれ、語源はuabero-(意味は『水の流れ』)である。ヴァブルの村の周りで修道院は成長し、実際にドゥルドゥ川のそばにあった。1955年にはコミューンの名称がヴァブル=ラベとなった理由は、この修道院にある。
歴史
862年、トゥールーズ伯レーモン1世は、ヴァブル修道院を創設したベネディクト会派の修道士たちの共同体に、ヴァブルにある自分の土地を寄進した。1317年、第2代のアヴィニョン教皇ヨハネス22世は、ロデーズ司教区が広すぎると考え、新しい司教区の本拠地としてヴァブル修道院を選んだ。ヴァブル司教区はロデーズ司教区から分割された約130の教区で構成されていた。司教区の創設は、教会参事会の創設と大聖堂建物の建設をもたらした。
1568年、カルヴァン派の武装集団が、ユゼス公爵ジャック・ド・クリュソルに命じられ、襲撃して修道院と町を略奪し、住民を拘束して身代金を要求し、全ての公文書を焼き払ったうえ宝物と貴金属を盗み、大聖堂と司教宮殿を破壊し、町を焼き払った。1790年、ヴァブル司教座は廃止され、その後大聖堂はフランス革命後の1793年に、ラマルク将軍によってもたらされた2度目の大惨事で荒廃した。彼はマラーの勝利の記念碑をつくるため、祭壇から大理石を取り外したのである。
