ヴァランジュヴィル=シュル=メール
From Wikipedia, the free encyclopedia
| Varengeville-sur-Mer | |
|---|---|
|
| |
| 行政 | |
| 国 |
|
| 地域圏 (Région) | ノルマンディー地域圏 |
| 県 (département) |
セーヌ=マリティーム県 |
| 郡 (arrondissement) | ディエップ郡 |
| 小郡 (canton) | ディエップ1小郡 |
| INSEEコード | 76720 |
| 郵便番号 | 76119 |
| 市長(任期) |
パトリック・ブリエ[1] (2014年 - 2020年) |
| 自治体間連合 (fr) | Communauté d'agglomération de la Région dieppoise |
| 人口動態 | |
| 人口 |
985人 (2015年) |
| 人口密度 | 92人/km2 |
| 住民の呼称 | Varengevillais |
| 地理 | |
| 座標 | 北緯49度54分24秒 東経0度59分44秒 / 北緯49.9066666667度 東経0.995555555556度座標: 北緯49度54分24秒 東経0度59分44秒 / 北緯49.9066666667度 東経0.995555555556度 |
| 標高 |
最低:0m 最高:102m |
| 面積 | 10.75km2 |
ヴァランジュヴィル=シュル=メール (Varengeville-sur-Mer)は、フランス、ノルマンディー地域圏、セーヌ=マリティーム県のコミューン。
海に面した墓地には、とりわけ、教会のステンドグラスをデザインしたジョルジュ・ブラック、劇作家ジョルジュ・ド・ポルト・リシュ(fr)、作曲家アルベール・ルーセル、画家ジャン=フランシス・オービュルタンが埋葬されていることが知られている。印象派の画家クロード・モネは、ヴァランジュヴィルを訪れその風景を描いている。
由来
ヴァランジュヴィル
地名は、1035年にWaringivillaであったことが証明されている。12世紀にはWare[n]gervillaであった[2]。これは中世の地名で、-villeとは『農村のドメーヌ』を意味し、すなわちvillageとなる(ガロ=ローマ語のvillaという単語から派生している。ラテン語で農村のドメーヌはvilla rusticaである)。そして先行するのは、頻繁に見られるように、ゲルマン語(またはノルマンディーのアングロ・スカンジナビア語)発祥の人名である。おそらく、フランク族の男性名Warengariusを必要とする可能性が高い[3]。セーヌ=マリティーム県では今もVarangerという姓が見られるからである[4]。サルト県ではGuérangerとGarangerという姓がある。頭文字のWが12世紀にVに移行したのは、ノルマンディー北部にあるヴァランジュヴィルの状況で説明がつく。一方で、さらに南(そして標準フランス語)ではGarangevilleという姓が生まれた。
歴史
19世紀、我々はカトリエ地区で多くの砦跡を見ることができたが、今日では消え失せてしまい、いつから存在したのかその日付もわからないままである。多分、それは古代遺跡だったのだろう。