ヴァージニア・ヒル
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バグジーに出会うまで
彼女は勉強嫌いで、学校は8年生(14歳)までしか行かなかった。17歳の時、1933年シカゴで開かれていた万国博覧会で行われる余興の踊り子として働きに行くと言って、シカゴへ出奔した。彼女はその後もシカゴに居残り、1934年、ウェイトレスとして働いている時に、マフィアの資金供与者であったジェイク・グージックの右腕であったジョセフ・エプスタイン(Joseph Epstein)に出会い、彼の妾となってその組織のホステスとなった。この一連の出来事の中で、ヒルはアル・カポネのギャングの面々と出会うこととなった。
彼女はまた『運び屋(bag woman)』となり、マフィア間での不法な金銭を運ぶため、アメリカ中を旅して回った。当時、賭け金の運び屋は、たびたび不正な警官や敵対するギャング達によって現金を巻き上げられた。しかし、男社会であるマフィアの業界では、女性が金を運んでいるとは誰も考えなかったため、ヴァージニア・ヒルは誰からも疑われずに旅をし、現金と情報を、全国シンジケートの主要人物の間で運び回った。後に、ヒルは運び屋であったことを否定したが、当時彼女はジョージア州マリエッタにいる家族のために10000ドルの新居を買うこともあった。その後、ヒルはジョー・アドニスの妾となり、マフィア所有のマンハッタンのナイトクラブで豪華なパーティーを開いていた。
1930年代後半には、ギャングのシンデレラガール的存在になっており、運転手つきのキャデラックを乗り回すようになった。
バグジーとの出会い
1940年代にヒルはカリフォルニア州に移り、ベンジャミン・シーゲルと出会い、彼の寵愛を得て妾となった。バグジーの浮気性のため、2人の間には喧嘩が絶えなかったとされる。2人がメキシコで秘かに結婚したという噂もあるが、彼自身は妻のエスタと離婚することはなかった。バグジーはヒルのフェラチオの技術を称えて彼女のことを『The Flamingo(フラミンゴ)』と呼んだ。
ヒルはバグジーと出会う前にラッキー・ルチアーノ、フランク・コステロ、ジョー・アドニスなどギャングの大物と関係を持っており、尻軽な女性として揶揄された。
ヒルはハリウッドで派手な生活を続け、ビバリーヒルズに自身の屋敷を購入し、そこでハリウッドの有名人を毎晩のようにもてなした。しかしヒルはハリウッドの有名人達を、彼らのプライベートをネタにゆすっていたといわれている。