一乗院 (熊谷市)
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位置
北緯36度09分02.2秒 東経139度24分25.4秒 / 北緯36.150611度 東経139.407056度座標: 北緯36度09分02.2秒 東経139度24分25.4秒 / 北緯36.150611度 東経139.407056度
山号
光明山[1]
宗派
真言宗智山派
| 一乗院 | |
|---|---|
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山門 | |
| 所在地 | 埼玉県熊谷市上之2891 |
| 位置 | 北緯36度09分02.2秒 東経139度24分25.4秒 / 北緯36.150611度 東経139.407056度座標: 北緯36度09分02.2秒 東経139度24分25.4秒 / 北緯36.150611度 東経139.407056度 |
| 山号 | 光明山[1] |
| 宗派 | 真言宗智山派 |
| 本尊 | 阿弥陀如来[1] |
| 創建年 | (伝)建長4年(1252年) |
| 開基 | 栄泉|永仙[1] |
| 中興年 | (伝)天文9年(1540年) |
| 中興 | 円清 |
| 正式名 | 光明山一乗院無量寿寺 |
| 文化財 | 大涅槃像(掛軸)、大般若経六百巻、両界曼荼羅、寺号額と格天井 |
| 法人番号 | 6030005013146 |
建長4年(1252年)に意教上人の法流を受けた法印栄泉が開山した。弘安5年(1282年)の法印良寛の代に火災で堂宇を焼失したが、その後再建された。天文9年(1540年)に法印円清が高野山から当寺に移ってきて、住僧となった。昔から無本寺で、門末に四十八ケ寺を持って教学に励んでいた[2]。関東では七檀林の一に数えられた仏教の学問所で、慶長9年(1604年)には、徳川家康から寺領三十石の御朱印を拝領した[3]。高野山金剛三昧院にて、三一世長老の良識より円清に伝えられた意教流の聖教(しょうぎょう)が多数あり、後に真言宗智山派の代表的な学問所である関東十一檀林の一つのある基になったと考えられる[4]。昭和7年(1932年)に堂宇を改築、昭和53年(1978年)に鐘楼を建設した[2]。