一念覚知
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一念覚知説(いちねんかくちせつ)とは、浄土真宗において「信心をいただいた瞬間(信の一念)を意識的に記憶していなければ、本物の信心ではない」と主張する説である。宗史上、繰り返し問題となってきた信一念の体験に関する異安心(いあんじん、正しくない信心の理解)のひとつとされる[1]。
この説は、江戸時代の「三業惑乱(さんごうわくらん)」を発端として体系的に問題化し、文化3年(1806年)の本願寺宗主による『御裁断の御書』をもって公式に異義として否定された[1][2]。しかし、20世紀後半にも浄土真宗内の教義論争として再浮上し、本願寺派の研究者と浄土真宗親鸞会との間で論争が展開された[3]。
一念覚知説をめぐる議論は、単に入信体験の記憶の有無を論じるにとどまらず、信心とは「他力廻向の心」であるか、それとも凡夫の「意業(いごう)」によって覚知されるものであるかという、浄土真宗の信心の本質に関わる根本問題である[4]。今日においても、現代真宗学における主要な論点のひとつとなっている。
経典上の根拠
「信の一念」という語の根拠は、『無量寿経』の本願成就文に求められる。
聞其名号、信心歓喜、乃至一念
(其の名号を聞きて信心歓喜せんこと乃至一念せん)
宗祖・親鸞(1173-1263)は主著『教行信証』信巻の末尾において、この「一念」を次のように解説している。
夫れ真実の信楽を按ずるに、信楽に一念あり。一念はこれ信楽開発の時剋の極促を顕し、広大難思の慶心を彰すなり。[5]
「信の一念」の二義
親鸞は「信の一念」に以下の二つの意味を示したとされる。
- 時に約する解釈(時剋の極促)
- 信心が開発する(信心を獲る)「時」が極めて速い(瞬間的である)ことを表す解釈。『一念多念文意』では「信心をうるときのきわまりをあらわす」と述べられている[6]。これは「何月何日」という時間軸上の特定ではなく、時間の極まりを意味し、認識にはのらない瞬間とする。同時に広く大きく想像もできない慶喜心が起こるとする[7]。
- 心のすがた(信相)に約する解釈
- 「心二心なきがゆえに一念という。これを一心と名く」とし、阿弥陀仏の本願に対して疑いのない心(無疑心)そのものが「一念」であるとする解釈[8]。
親鸞の著述には「何月何日に信心を頂いた記憶を持て」という趣旨の記述は存在しない。「信の一念」とは信心がひらける速さと疑いのない心のすがた(信相)を表すものであり、年月日時の記憶を求める教えではないと宗学上は解されている[7]。
一念覚知説の起源 ── 三業惑乱
三業惑乱の背景
一念覚知説の起源は、江戸時代中期に起きた「三業惑乱(さんごうわくらん)」にさかのぼる。これは前後10年にわたって繰り広げられた教義上の大混乱であり、流血の惨事を経て幕府の裁断により収束した事件である[1][9][2]。
混乱の中心にあったのは、身・口・意の三業のうち、特に「意業(いごう=心の意識的なはたらき)」によって本願の救いを受けるとする三業帰命説(さんごうきみょうせつ)であった[2]。
平乗寺功存(1720-1796)は『願生帰命弁』(宝暦14年〔1764年〕刊)において、身・口・意の三業にあらわれる「たのむ」を安心(帰命・欲生)とみる立場を述べ、これが後の三業惑乱の出発点の一つとして位置付けられている[2][10]。
一念覚知説が生まれた論理
三業帰命説から一念覚知説が導かれた論理は以下の通りである[4][2]。
- 本願の勅命(仏の救いの呼びかけ)を受けるのは意業(心のはたらき)である。
- 心のはたらきである以上、何も感じない「無念無想」ではないはずである。
- したがって、救われた瞬間には「覚知(覚え)」があるはずである。
- ゆえに、救われた年月日時を記憶していなければならない。
宝暦年間(1750年代)の書物『法要章』には既に「何年何月何の刻に御たすけにあずかりたる覚えもなくして(中略)所詮なき悲しきことなり」と記されており[1]、第七代能化(学問の最高責任者)であった智洞もこの説を主張した。その結果、信者たちが獲信の時刻を忘れないよう簡札(ふだ)に書き記して仏壇に貼るといった事態も生じた[7][10]。
三業惑乱の裁断
文化3年(1806年)、第十九世本如宗主の『御裁断の御書』をもって三業惑乱は正式に決着した[2][9]。同書には次のように記されている。
しかるに近頃は、当流に沙汰せざる三業の規則を穿鑿し(こまごまと詮索し)、又はこの三業につきて自然の名を立て、年月日時の覚不覚を論じ(中略)まことにもてなげかしき次第なり。[1]
この裁断により、「三業による救い」を説き、「年月日時を覚えていなければならない」という主張も、「覚えていてはならない」という主張も、ともに異義として否定された。覚不覚(覚えているか否か)を論じること自体が、正しい信心の道から外れていると結論付けられたのである[2][9]。
注意点は、これは三業惑乱への戒めであり、信一念の体験について説くことを禁止されたものとはされない[9]。
課題の研究の第一人者とも言える大原性実は、三業惑乱における諍論は教学史上、重要な一つであって、その論議の趣旨は十分理解できるが、「いささか羹に懲りて膾を吹く結果を見たものではないか」と結論づけている。つまり、三業惑乱やそれに付随して展開される多くの論議は、すでにその歴史的役割を終えていて、あくまで時代性を帯びた教学史という位置づけで研究すべき対象であることは明白である。現代真宗の基盤として金科玉条のごとく扱う必要性はなく、親鸞浄土仏教思想の原意を研究する教義学と混同しないよう注意する必要がある[11]。
一念覚知説の論点[12]
一念覚知説の大きな論点は以下の3つがあげられる。
(1)たのむ一念は凡夫(私たち)の思慮・意識に覚知があるかないか (2)信心の体は意業か意業でないか (3)極促の一念とは仮時か実時か
宗学上の三学説
三業惑乱の後、「信の一念」の捉え方について真宗宗学者の間で主に以下の三つの見解が生まれた(神子上恵竜の研究に基づく)[1]。
| 学説 | 主張の核心 | 代表的論者・評価など |
|---|---|---|
| 第一説:入信時覚知説 | 「何年何月何日の何時に救われたか」を明確に記憶していなければならないとする説。 | 三業惑乱の発端。「年月日時を記憶せよ」(本計)と実時を問題にするものと、「後生をたのんだ覚えがあるはずだ」と意業による認識(転計)に分かれるが、『御裁断の御書』で異義として否定された。 |
| 第二説:心相即覚知説 | 年月日時の覚知ではないが、「阿弥陀仏をたのむ」という心のすがた(無疑の心相)には覚知があるとする説。 | 行範、足利義山など。「仏智の不思議を憶うことに信の覚知がある」と主張。 |
| 第三説:心相非意業説 | 信の一念は人間の意識的なはたらき(意業)ではないため、そもそも意業で「覚知」しうるものではないとする説。 | 大瀛、道隠、鮮妙など。三業惑乱時に正統派とされた立場。 |
鮮妙は、信の一念が覚知されえない理由として「極促(瞬間的)であり分別が入る暇がないこと」「意業は粗い分別であること」「意業には浮き沈みがあること」の3点を挙げている[1]。
第二説と第三説の共通点はどちらも信一念は非意業である点である。
信の一念と「非意業」
「非意業」の意味
浄土真宗では伝統的に、信の一念は人間の意識的なはたらきの産物ではない(非意業)と教えられてきた。信心が自身の意識の産物であれば「自力」の信心となるが、浄土真宗の信心は阿弥陀仏から与えられる「他力」の信心だからである。
神子上恵竜はこれを以下の理由から論証している[1]。
- 積極的理由:信の一念は阿弥陀仏から差し向けられた「他力廻向の心」であり、凡夫の自力の意業ではない。
- 消極的理由:信の一念を意業とした場合、凡夫の分別心となり自力心に陥る。また、心に浮き沈みが生じて一定の信心を保てず、年月日時の一念覚知説に帰着してしまう。
「無念無想」との違い
深浦正文・大原性実は、「非意業」と言い、「離三業」と言ったのは、心が心のはたらき(意識作用)であることを否定したのではなく、自力の意業、自力の三業ではないということを表現したものと指摘している。つまり救われたことがハッキリするということまで否定したものではなく、阿弥陀仏の本願の救いは無念無想ではない。[4]。
往生一定の無義の心相[13]
一念の心相がある、或は信前信後の分斉は必ずある、というのは勿論ある。往生一定という無疑の心相、これが信一念の心相である。
信前と信後とが異るというのは、この無疑の心相があるとないとの相違である。これがあるからこそ、信前・信後を説き分けることができ、一念ということの意義があるわけである。この点は聖典の明らかな判示から最もはっきりしており、誰もが異議をはさむ余地はない。
一念に無疑の心相のあることは言うまでもない。しかしそれと同時に「いま心を頂いた」という意業による覚知があるという意味ならば、信受本願を意識するととを信一念の内容とするものであるから、その主張は意識・思慮によって安心を得たとする誤り(意業安心の失)である。
他力信仰のよろこびは、常に阿弥陀仏の本願によって往生一定と安堵する無疑の心相の外なく、決して過ぎ去つた何時かの自分が信仰をいただいたということに向つてのよろこびではないことをくれぐれも注意しなくてはならない。
心相を明確に覚知するといふ者があるなら、少なくとも第二念以後の相続位の心相に外ならない。相続位に於ては、身口意三業の所作が現れるが、これは皆起行であって、初起の安心はどこまでも三業を離れたものでなければならない[14]。
一念覚知説の言葉の誤解
「覚知」と「自覚」の区別
宗学上、「一念覚知」と「自覚」は明確に区別して論じられる[4]。
- 一念覚知:「何年何月何日に救われた」という自分の体験や記憶を証拠として意識的に保持しようとすること。信心の「体」が本願ではなく「自分の記憶」にすり替わってしまう。
- 自覚:阿弥陀仏の本願に対して疑いのない心(無疑心)になること。記憶的・認知的なものではなく、信心を体得したあきらかな状態(信相がある状態)。覚如や曇鸞はこれを「闇室に光が差し込んで瞬時に明るくなること」に例えている[15]。
大原性実は「信の覚知を否定することと、信一念の事実たる心相(無疑無慮)を否定することとは同じではない」と述べ、覚知の否定が往生一定の自覚の否定につながるわけではないと注意を促している[7]。
正しい信心のあり方 ── 疑蓋無雑
信心は疑いの晴れた明確な心
浄土真宗の伝統的な理解によれば、信心とは疑いの晴れた明確な心である。親鸞は著書において「ふたごころなく深く信じて疑わざれば、信楽と申すなり」[16]「疑蓋間雑なきがゆえに、これを信楽と名づく」[17]と述べている。無雑無疑の心相である。
「曖昧でよい」という誤解
「年月日時の記憶は不要」という教えが強調されるあまり、「いつ得たのかもわからないような曖昧なものでよい」という誤解が生じることがある。しかし、時計やカレンダーの記憶は不要であっても、阿弥陀仏の慈悲に照らされ疑いが晴れた状態(疑蓋無雑)は心に明瞭に開かれるものであり、何の変化もない曖昧な状態が正しいとは解されていない[4]。親鸞は「ある時は助かると思い、ある時は助からないと思う」ような心(若存若亡)は真実の信心ではないと断じている[18]。
「三願転入」と一念の自覚[19]
浄土真宗本願寺派の勧学・山本仏骨(1895-1994)は、信の一念における自覚の重要性を強く主張した一人である。 山本は、親鸞が「雑行を捨てて本願に帰した」と述懐していることや、蓮如が「たのむ一念」を強調していることを根拠に、自力を捨てて他力に帰する一念の転換点は、信仰者自身の体験として明確に自覚されるはずであるとした。
彼は著書において、漠然と「いつの間にか救われた」とする信心を「一念の欠けた信心」であるとして退け、自力の修行に行き詰まり、煩悶の末に他力に目覚める(三願転入)という体験的過程を重視した[20]。また、こうした自力無効の体験を説かず、単に他力の有難さのみを説く当時の布教のあり方を批判的に論じている[21]。
このような山本等の説は、「一念覚知説(年月日時の記憶の強要)」とは区別される「信の自覚(体験)」を説くものとして、近代の宗学において一定の位置を占めている。