七福神殺人事件
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あらすじ
事故で負傷して入院していた神津恭介が、退院後の経過報告に、友人の松下研三の妻の弟・長岡稜威雄に付き添われて東大病院を訪れたときに、入院していたときに知り合った福崎加津江に声をかけられる。加津江は現在も股関節脱臼で入院中で、夫で福栄企画の社長の宗平に付き添われていた。稜威雄が「七福神」というスナックを経営していると聞くと、宗平と稜威雄の間で経営者談議が始まり、やがて神津を交えて七福神談義へと会話が弾んだ。
それから数日後、神津とスナック「七福神」の元に、「七福神を殺す」という予告状が送られてきた。さらに数日後、「布袋を殺した」との犯行声明が送られ、布袋像を祀る八王子市の信松寺で射殺された予備校職員の死体が発見された。その胸には「布袋尊」と記された紙が置かれていた。
その後、「恵比寿を殺した」との犯行声明が送られ、恵比寿像を祀る神奈川県三浦市の円福寺で射殺された三宅島の漁師の死体が発見された。その胸には「恵比寿神」と記された紙が置かれていた。次いで、「毘沙門天を殺す」との犯行予告が送られ、翌日、毘沙門天を祀る板橋区の文殊院で射殺された京都の古代史研究家の死体が発見された。その胸には「毘沙門天」と記された紙が置かれていた。
さらに捜査陣をあざ笑うかのように、弁財天を祀る取手市の東谷寺、大黒天を祀る目黒区の大円院で、射殺死体と胸にはそれぞれ「弁財天」「大黒天」と記された紙が置かれていた。
しかし、6人目の「寿老人」殺しに及んで、ようやく犯人の犯行に綻びが生じる。