万部島

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万部島の万部塔
地図
佐賀城下の絵図「御城分間絵図」(寛政8年=1796年)に見える万部島の位置(赤丸[1]

万部島(まんぶじま)は、佐賀県佐賀市水ヶ江一丁目に位置する佐賀市指定の史跡[2]。史跡としての名称は「万部塔と六地蔵」であり、1968年(昭和43年)2月11日の佐賀市による指定である[2]。「万部島」の名称は、龍造寺家兼の納経(万部塔建立)に始まるとするのが通説[3]藩祖勝茂が国家安全の祈願をこめたことが鍋島藩のひとつの恒例となり、11代直大までの間の大乗妙典(法華経)一万部読誦の記念碑が11基並べ立てられている[4]

かつては佐賀城の東堀と多布施川に囲まれたであったが、現在は埋め立てられて陸続きとなっている[5]。国道264号線の佐賀中央郵便局前の信号を南[6]。佐賀市営バス「佐嘉神社前」下車、徒歩5分。

歴史

1505年(永正2年)、龍造寺家兼(剛忠)によって国家安泰と万民安楽を目的として法華経一万部の読誦が行われた。1545年(天文14年)にも家兼は法華経万部読誦を行っており、これが万部島の名称の起源となった[7]

万部塔

法華経一万部読誦の結願石塔群である。同一形状寸法の台石、蓮華台、棹石(上部三角)から構成される。佐賀藩初代藩主・鍋島勝茂が金乗院の玄純僧正に国家安全と万民安楽の道をたずねたことを契機に造立され、その後も、佐賀藩の歴代の藩主や嫡男によって11基が建立された[8]

六地蔵

佐賀の役招魂碑

出典

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