三井田川炭鉱
From Wikipedia, the free encyclopedia
三井田川炭鉱(みついたがわたんこう)は、福岡県田川市伊田に所在する炭鉱。19世紀から20世紀にかけて石炭の生産が行われた。筑豊炭田に属する。最寄り駅は田川伊田駅。国の登録有形文化財に登録されている。また世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の登録候補リストに入っていたが、最終的には削除された。
| 三井田川炭鉱 | |
|---|---|
旧三井田川鉱業所伊田坑第1・第2煙突 | |
| 所在地 | |
| 所在地 | 田川市伊田 |
| 都道府県 | 福岡県 |
| 国 | 日本 |
| 座標 | 北緯33.64264度 東経130.814724度 |
| 生産 | |
| 産出物 | 石炭 |
| 歴史 | |
| 閉山 | 1969年 |
| 所有者 | |
| 企業 | 三井鉱山 |
| プロジェクト:地球科学/Portal:地球科学 | |
1955年の筑豊炭田地図
歴史
明治年間に採掘開始。
1885年(明治18年)海軍予備炭田に編入後、1889年(明治22年)に田川採炭組合の経営となった。1904年(明治37年)に三井財閥系の三井鉱山(現日本コークス工業)に経営権が移る[1]と伊田町(現田川市)にも大竪坑の開鑿を始め、近代的な生産体制を整備した。2022年(令和4年)現在も残る国産レンガ造りの動力用蒸気ボイラーの煙突(1908年(明治41年)完成)や伊田第一竪坑櫓(1910年(明治43年)完成)は、その一部である。
第二次世界大戦後も優良炭を産出。1949年(昭和24年)、昭和天皇の戦後巡幸の際には視察先の一つとなった[2]。1964年(昭和39年)に三井鉱山として一時閉山。跡を新田川炭鉱が継ぐが1969年(昭和44年)までに再び閉山となった。
跡地は1983年(昭和58年)までに石炭資料館(現田川市石炭・歴史博物館)、石炭記念公園として整備された。2007年(平成19年)、竪坑櫓および煙突が、国の登録有形文化財に登録された[3]。