三代目襲名
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神戸の小さな組を日本最大の暴力団に育てた田岡の一代記。戦争中の刑務所から戦後の混乱期の神戸にその名を轟かすまでを描く。
『山口組三代目』が各地区の防犯協会から上映阻止の運動が起きたため[3][4][5]、岡田茂東映社長は「ここ当分は続編を作らない」と言明した[3][4][6][7]。しかし既に一年近く経ち、"ここ当分"の期間は過ぎたと判断[4]、東宝の夏興行が『ノストラダムスの大予言』、松竹が『男はつらいよ 寅次郎恋やつれ』と伝わり、当初は『あゝ決戦航空隊』で勝負を挑む予定であったが[7]、全国の映画館主から「東宝・松竹に対抗するには、動員対象が全く異なる企画でないと駄目」とクレームがつき[7]、『山口組三代目』の続編要望もあり[8]、映画化しようとしたこの田岡組長の手記続編あたりから、次々現存する人物が登場し、面倒な問題も増えたが[3]、いろいろ対策を練った末、続編をぶつけることに決めた[4]。映画関係者からは「東宝・松竹・東映とそれぞれ個性の強い作品で十八番の企画。観客対象も喰い合わない、映画全体にとって一番理想的な、従来にない興行布陣」と評された[7]。
「儲けのためなら手段を選ばない」[9]「商売になるなら何でもやる東映の体質が問題」などと[10]、マスコミからの猛烈な批判が浴びせられたが[8][11][12]、「暴力礼賛ではない。社会の一つの現実を描くものだ。こちらも商売だ」などと居直り製作を強行[6]。本来『山口組三代目襲名篇』と予定したタイトルは、防犯協会から約束が違うと迫られたため『三代目襲名』に自主規制した[6][11]。1974年7月4日、クランクイン[6]。
この後、全国展開する時代を描くシリーズ三作目『山口組三代目 激突篇』も製作予定であったが、制作阻止を狙った警察が、山口組に利益供与しているとプロデューサーの田岡満を22件もの容疑で逮捕するなど[13]、三作目の製作を断念したためこの作品が最終作となった。