三俣蓮華岳
長野県・岐阜県・富山県の山
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解説
山名の歴史
現在の三俣蓮華岳は明治の登山黎明期までは鷲羽岳と呼ばれており[7]、現在の鷲羽岳は東鷲羽岳あるいは龍池ヶ岳と呼ばれていた。戦国時代末期以後の加賀藩政時代より、飛騨山脈の大半は加賀藩の奥山廻りによって調査され、山名や地形が詳細な絵図に記録されていた。特にこの現在の三俣蓮華岳付近は三国境としての重要地点で詳細に調査されていた。
ところが1910年(明治43年)に、日本山岳会の小島烏水と高頭仁兵衛が上高地の上條嘉門次を案内人として信州方面から登山したとき、彼らにとってこの山域は処女地であった。このとき三俣蓮華岳について越中側での呼び名を知らなかった嘉門次に「飛騨の猟師が、この山で熊を射止めた。そうして熊の膽(キモ)のつもりで俗称蓮華膽(肝臓)を腹から引き出して喰ったので、信州の猟師達が嘲笑って蓮華喰みの岳と言ったのを略して蓮華と呼んでいる」と説明された。
当時の参謀本部陸地測量部の5万分の1地形図では、従来の越中側の山名を踏襲して鷲羽岳と記されていた。そこで日本山岳会の面々は陸地測量部に対し、調査不十分であると地形図の訂正を強く求めた。その結果1930年(昭和5年)の修正版で改訂されて現在に至っている。
地理
登山

登山ルート
富山県側の折立登山口から槍ヶ岳へ向かう「西銀座ダイヤモンドコース」と呼ばれるルート上にある。
- 南方から:双六岳 -(尾根道と巻き道の2つのルートがある)- 三俣蓮華岳
- 西方から:黒部五郎岳 - 黒部五郎小舎 - 三俣蓮華岳
- 北方から:鷲羽岳方面または雲ノ平方面 - 三俣山荘 - 三俣蓮華岳(裏銀座)[9]
- 東方から:湯俣温泉 - 三俣山荘 - 三俣蓮華岳(伊藤新道)
伊藤新道は登山者自身によるルートファインディングが必要な上級者向けのルートである。
周辺の小屋
当山から最も近い小屋は三俣山荘である。1926年(大正15年)に建設され、その後1947年(昭和22年)6月に伊藤正一が再建を開始し[10]、現在に至る。
登山道の高山植物





