三朝村
日本の鳥取県東伯郡にあった村
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三朝村(みささ[1][2]そん)は、鳥取県東伯郡にあった村。現在の東伯郡三朝町の一部にあたる。
天神川とその支流三徳川・小鹿川の流域に位置していた[2]。
村長は以下の通り[5]。
村長
- 松原虎之丈[6]
- 松原國蔵[7]
- 松原源蔵 1911年7月6日 -
- 松原勇蔵 1916年1月9日 -
- 天野東平 1919年4月8日 -
- 松原藤太郎 1924年1月21日 -
- 山本又蔵 1926年7月28日 -
- 松原勇蔵 1927年4月30日 -
- 岡本由治 1928年10月1日 -
- 藤井宗正 1939年10月18日 -
- 岸田音一 1947年3月4日 -
- 藤井順一 1951年4月23日 -
産業
『大日本篤農家名鑑 第1冊 明治43年5月』によると、三朝村の篤農家は松原、角田、藤井、岡崎、清水などがいた[8]
- 1918年、村営ラジウム温泉診療所を開設[2]。赤字のため1930年(昭和5年)に経営権を譲渡[2]。[9]1950年(昭和25年)岡山大学に土地・建物を売却し、その後、同大三朝温泉療養所となる[2]。(のち岡山大学病院三朝医療センターとなり2016年閉院)
- 1939年(昭和14年)厚生省傷痍軍人三朝温泉療養所開設[9]。のち国立三朝温泉病院となる[9]。(現鳥取県中部医師会立三朝温泉病院)
『角川日本地名大辞典 31 鳥取県』729-730頁。
「大瀬〈三朝町〉」『角川日本地名大辞典 31 鳥取県』171頁。
『三朝町誌 正』259頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2025年11月8日閲覧。
「山田〈三朝町〉」『角川日本地名大辞典 31 鳥取県』797-798頁。
- 『職員録 明治28年1月現在 乙』印刷局、1895年。
- 『職員録 明治29年現在(乙)』印刷局、1897年。
- 大日本篤農家名鑑編纂所 編『大日本篤農家名鑑 第1冊 明治43年5月』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
- 中澤宇三郎『日本更生史 教育勅語煥發四十年記念』日本更生史編纂局、1930年。
- 国際探偵社 編『法人個人職業別調査録 第5版』国際探偵社、1933年。
- 『三朝町誌 正』三朝町、1965年。
- 『角川日本地名大辞典 31 鳥取県』。
- 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。