三朝村
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歴史
- 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制の施行により、河村郡大瀬村、横手村、山田村、三朝村、砂原村が合併して村制施行し、三朝村が発足[1][2]。旧村名を継承した大瀬、横手、山田、三朝、砂原の5大字を編成[2]。
- 1896年(明治29年)4月1日 - 郡の統合により東伯郡に所属[2]。
- 1947年(昭和22年)11月28日 - 昭和天皇が三朝温泉療養所に行幸(昭和天皇の戦後巡幸)[4]。
- 1953年(昭和28年)11月1日 - 東伯郡三徳村、小鹿村、旭村、竹田村と合併し、町制施行し三朝町を新設して廃止[1][2]。合併後、三朝町大字大瀬・横手・山田・三朝・砂原となる[2]。
地名の由来
郷名の三朝庄にちなむ[2]。
行政
経済
交通
医療
- 1918年、村営ラジウム温泉診療所を開設[2]。赤字のため1930年(昭和5年)に経営権を譲渡[2]。[9]1950年(昭和25年)岡山大学に土地・建物を売却し、その後、同大三朝温泉療養所となる[2]。(のち岡山大学病院三朝医療センターとなり2016年閉院)
- 1939年(昭和14年)厚生省傷痍軍人三朝温泉療養所開設[9]。のち国立三朝温泉病院となる[9]。(現鳥取県中部医師会立三朝温泉病院)