安達幸雄

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安達 幸雄(あだち ゆきお、1889年明治22年〉10月29日[1] - 没年不明)は、日本弁護士[1][2][3]弁理士[4][5][6]。安達兄弟法律事務所[4][7]。東京相互利殖監査役[5][8]。人事興信所法律顧問[5]

鳥取県東伯郡三朝村(現・三朝町)出身[1][9][10][11][12]。安達幸男の長男[6][8][10]。生家は豊かではなかったので父母に学資を仰ぐことを避け、16歳の頃[注 1]、旅費10円を懐にして[9]、単身上京する[1]。以来職をもとめて学資を得、研学につとめ1908年順天中学校の編入試験を受けてその4学年に入学し、同校を卒業後添田増男の法律事務所に仕えて苦学研鑚する[1]

1916年日本大学法律科を卒業し[3]、同年に判検事登用試験弁護士試験に合格する[1][6]。東京市牛込区下宮比町に独立して弁護士事務所を開業する[9]。安達兄弟法律事務所の名目の下に専ら民事・刑事・商事の法律事務に携わる[7][11]

東京相互利殖監査役、人事興信所法律顧問である[5]

人物

在野法曹界に令名がある[10]。処世訓は「でしゃばるな、留るな、反省せよ」[10]家憲は「物欲を離れて完全に全家族の融合すること」[10]。子女訓は「愛と同情を以て人道を歩むこと」[10]

趣味は読書[6]スポーツ[10]。宗教は禅宗[4][6][8][注 2]。住所は東京市牛込区下宮比町[3][12]・同区西五軒町[4][7][8]・同区筑土八幡[11](現・東京都新宿区)。

家族・親族

安達家
親戚

脚注

参考文献

外部リンク

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