本殿は瓦葺切妻造りである。境内にある手水鉢は徳川大坂城東六甲採石場に関連するもので、側面には日向佐土原藩(宮崎県)藩主の島津忠興が用いたとされる刻印が彫られている。手水鉢上部には盃状穴と呼ばれる民間信仰による人工的な窪みが多数みられる。
神社には数百年を経た巨松三本があったが、昭和16年(1941年)頃枯死した。昭和17年(1942年)8月、社務所新築。
境内には西山町の塩通山法恩寺跡(元栃木氏邸内)にあった国の指定天然記念物(昭和9年指定)「六甲クロガネモチ」〈昭和33年枯死〉の石標が移設され、同地にあったモチの孫木も植樹されている。
三条町161番地から境界石標「従是東尼崎領・西尼崎領 他領入組」が境内に移設された。現地には解説板が建てられている。