三田了一
日本の翻訳家
From Wikipedia, the free encyclopedia
特筆すべき活動
略歴
1892年、山口県下関市に生まれ、1916年、山口高等商業学校(現・山口大学経済学部)を卒業。その後、南満州鉄道に就職して中国大陸に渡り、現地のムスリムとの交流を経てイスラム教へ改宗する。1941年、中国回教総連合会の主席顧問となる。終戦後の1945年、終戦に伴い日本に帰国。1951年まで、関西学院大学や北九州大学の中国語講師として勤務。1957年、パキスタンに渡り、宗教家としての活動を開始。現地のイスラム教活動に関わる。1958年、ハッジ(巡礼)を行う。1960年、日本ムスリム協会(JMA)の初代会長であるサディーク・今泉の死去に伴い、2代目会長に就任[2]。1972年、ムスリムの手による初めてのクルアーン日本語訳を出版。1982年、改訂版出版。1983年、死去。