三角和雄
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1957年大阪市で祖父の経営するプラスチック加工会社に勤める技術職の父、専業主婦の母の次男として生まれた[1]。
小学生の頃リウマチ熱を患い、医師に憧れ医者を目指す。
東京医科歯科大学医学部第三内科に3年勤め、イリノイ大学医学部シカゴ校に留学し、カテーテルと出会う。
ニューヨーク医科大学リンカーンメディカルセンター内科レジデント、カリフォルニア大学デービス校神経内科レジデント、ピッツバーグ大学メディカルセンター内科レジデント、カリフォルニア大学アーバイン校心臓内科クリニカル・フェロー、カリフォルニア大学ロサンゼルス校グッド・サマリタン病院心臓内科クリニカル・フェロー、ハワイ大学医学部内科(循環器部門)臨床助教授になどアメリカで12年間腕を磨く。
40歳で帰国。
狭心症と心筋梗塞のカテーテル治療の件数では日本で1、2位を争う。狭心症の治療において高度な技術を要するロータブレーターを使ったカテーテル治療である経皮的冠動脈形成術を年間600件も行い3年連続世界一となり、アメリカの医師格付け機関の「ベストドクターインジャパン」に選ばれるほどの国際的知名度がある。また、日本では唯一ロータブレーターの指導医の資格を持っている。
経歴
- 大阪教育大学附属高等学校平野校舎卒業
- 1982年3月 東京医科歯科大学医学部医学科を卒業。卒業時、長尾優学術奨励賞(金時計)受賞。
- 1982年4月 東京医科歯科大学医学部第三内科勤務
- 1996年 ハワイ大学医学部内科(循環器部門)臨床系助教授・開業
- 2000年6月 第42回衆議院議員総選挙にて千葉7区より自由連合公認で立候補するが落選。
- 2001年7月 第19回参議院議員通常選挙にて熊本選挙区より自由連合公認で立候補するが落選(21,242 票)。
- 2004年 医療法人社団木下会千葉葉西総合病院院長に就任(心臓センター長兼任)[2]