上山広忠 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 不詳死没 慶長6年閏11月17日(1602年1月10日)改名 上山槌法師(幼名)→上山広忠 凡例上山広忠時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 不詳死没 慶長6年閏11月17日(1602年1月10日)改名 上山槌法師(幼名)→上山広忠別名 通称:弥三郎、藤内、善右衛門尉主君 毛利輝元氏族 大江姓長井氏庶流上山氏父母 父:上山元忠兄弟 女(和智信濃守室)、広忠、清忠、女(天野元重室)、元吉子 なしテンプレートを表示 上山 広忠(かみやま ひろただ)は、戦国時代から安土桃山時代の武将。毛利氏と同族の長井氏の庶流であり、備後国世羅郡上山郷[1]を本拠とした国人であった上山氏の当主。毛利氏家臣。父は備中加茂城の戦いで活躍した上山元忠。 備後国世羅郡上山郷[1]を本拠とした国人・上山元忠の子として生まれる。 毛利輝元に仕え、文禄2年(1593年)2月3日に輝元から「善右衛門尉」の官途名を与えられる。 慶長4年(1599年)閏3月21日に父・元忠が死去したため後を継いだが、広忠も慶長6年(1601年)閏11月17日に死去。広忠には子が居なかったため、弟の元吉が後を継いだ。 脚注 1 2 現在の広島県三次市三和町。 参考文献 『萩藩閥閲録』巻40「上山庄左衛門」 岡部忠夫『萩藩諸家系譜』(マツノ書店、1999年復刻) Related Articles