番組の始まる切っ掛けは、1979年に楽屋で夢路いとし・喜味こいしの二人が「落語には上方落語協会があるのに漫才にも漫才協会(現在東京にある漫才協会は、当時「漫才協団」という名称だった)があってもいいのではないか」と思い、周りの芸人に相談し所属事務所の枠を超えた団体を設立することになり賛同した松竹芸能からレツゴー三匹、正司敏江・玲児、若井ぼん・はやと、吉本興業から横山やすし・西川きよし、コメディNo.1、Wヤングが合意したが、長い松竹と吉本の関係から頓挫してしまった。そこで漫才作家の足立克己と毎日放送のプロデューサー岡崎巍が間に入り年に数回漫才のイベントを行うことになった。スポンサーも付き番組として放送されることとなった。
上方のベテランから若手まで所属事務所に関係なく、一堂に会する漫才の祭典。第1回から50回までの司会は、浜村淳が務めた(横山やすし、西川きよしなど数回のみ別の司会者が担当した)。山陽放送など一部のJNN系列でもネット(RSKの場合は半年ないし1年遅れ)されている。この番組は吉本興業制作ではないため、出演する漫才師は松竹芸能に所属するコンビも出演する。