上田假奈代
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奈良県吉野郡生まれ[4]。父親は銀行員、母親は詩人であり、3歳のころから母親とともに詩作を始めた[4]。奈良県立郡山高等学校在学時にはNHK教育のYOUにレギュラー出演し、写真家橋口譲二の写真集『十七歳の地図』に掲載された[5]。1988年には京都芸術短期大学ビジュアルデザイン科に入学し、在学中には朝日ジャーナルの表紙に掲載されたことがある[5]。短期大学卒業後には一般企業で9年間コピーライターを務めた[5]。1992年から詩作のワークショップを手がけ、2001年には「詩のボクシング」全国大会大阪代表となった[6]。2002年に「詩業家宣言」を行って本格的な活動を開始[4][7]。2003年にNPO法人「こえとことばとこころの部屋」(ココルーム)を設立し、2005年には自身も新世界に住居を移した[8]。2008年から大阪市西成区釜ヶ崎で喫茶店形態の意見交換場所を提供している[7]。2012年には様々な講座やワークショップの総称「釜ヶ崎芸術大学」を開校させ、森村泰昌(芸術家)、茂山童司(狂言師)など各界から講師を招いた[4]。哲学者の鷲田清一は上田を「不屈の人」と評し[9]、詩人の谷川俊太郎なども「釜ヶ崎芸術大学」に詩を寄せている[4]。2014年のヨコハマトリエンナーレ2014には「釜ヶ崎芸術大学」がアーティストのひとつとして参加している[4]。2015年には第65回文化庁芸術選奨芸術振興部門新人賞を受賞した[10]。また、朝日新聞社が関西で活躍する若い才能対象に主催する第5回朝日21関西スクエア賞を受賞した[11]。2021年度、堺市アーツカウンシルのプログラム・ディレクターに就任。