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奈良県立郡山高等学校

奈良県大和郡山市にある高等学校 From Wikipedia, the free encyclopedia

奈良県立郡山高等学校(ならけんりつ こおりやまこうとうがっこう、英: Nara Prefectural Koriyama Senior High School)は、奈良県大和郡山市城内町にある公立全日制普通科高等学校。略称および通称は郡高(ぐんこう)。

過去の名称 奈良縣尋常中學校
奈良縣中學校
奈良縣郡山中學校
奈良縣立郡山中學校
国公私立の別 公立学校
設置者 奈良県の旗 奈良県
学区 奈良県内全域
概要 奈良県立郡山高等学校, 過去の名称 ...
奈良県立郡山高等学校
北緯34度38分59.26秒 東経135度46分47.47秒
過去の名称 奈良縣尋常中學校
奈良縣中學校
奈良縣郡山中學校
奈良縣立郡山中學校
国公私立の別 公立学校
設置者 奈良県の旗 奈良県
学区 奈良県内全域
併合学校 奈良縣吉野尋常中學校
奈良県立郡山城東高等学校
奈良県立郡山農業高等学校
奈良県立城内高等学校
理念 長い伝統の中で培われた文武両道の精神を基礎に、社会に有為な人材を育成する[1]。
校訓
  • 誠実
  • 剛毅
  • 雄大[2]
設立年月日 1893年[3]
創立記念日 10月1日
共学・別学 男女共学
分校 平群分校(1949年-1972年)
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制
学校コード D129210000245 ウィキデータを編集
高校コード 29108A
所在地 〒639-1011
奈良県大和郡山市城内町1番26号
外部リンク 公式ウェブサイト
ウィキポータル 教育
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概要

奈良県内で初の旧制中学校であった奈良県尋常中学校を前身校とする。また、前身校には、大阪府において最初に設置された中学校である「府立郡山中学校」もあり、中等教育機関として奈良県内で最も古い歴史を持つ。2023年(令和5年)に創立130周年を迎えた。

2024年(令和6年)度より、大学入学共通テストを受験する生徒が7割以上といった、生徒の進学希望や進学プロセスの状況を踏まえ、奈良県教育委員会より「進学教育重点校」の指定を受け、指導力向上に向けた教員研修の機会の創出と、中核教員が配置されている[4]。

郡山城址二の丸に立地している[5]。2018年(平成30年)度末までは、郡高の校舎を「冠山学舎」、城内高の校舎を「城内学舎」として両学舎を使用していた。両学舎間の移動には、徒歩で5分ほど要した。また、桜花グラウンド・小グラウンド(冠山学舎)、第一グラウンド・第二グラウンド(城内学舎)の計4つのグラウンドがあった。

城内学舎は2018年3月に閉鎖され[注釈 1]、以降は冠山学舎のみで教育活動を行っている。

現在、分校は存在しないが、かつて平群町に平群分校(昼間定時制)が存在した。現在では「あすのす平群」(平群町立図書館・観光文化交流館)となっており、「郡山高校平群分校記念碑」が立てられている。

スクール・ミッション

長い伝統の中で培われた文武両道の精神を基礎に、社会に有為な人材を育成する[1]。

教育目標

  1. 幅広い知識と教養を身に付けるとともに自ら学ぶ意欲を培い、生涯にわたって学び続ける態度を育成する。
  2. 心身を積極的に錬磨し、正しい判断力と自律的な生活態度によって、向上心を持ち主体的に取り組む態度を育成する。
  3. 自他敬愛に基づく人間関係を深め、社会連帯の精神を養い、民主的で平和な社会の創造と発展に貢献しようとする意思を育成する。
  4. 生命を尊び、自然を愛し、崇高なものに感動する豊かな心情を育成する。
  5. 文化と伝統を重んじ、我が国と郷土を愛するとともに、国際理解を深め、新しい時代を切り開こうとする気概を育成する。

教育方針/スクール・ポリシー

教育目標を達成するため、知識理解力や思考力を更に高めて確かな学力を育成するとともに、豊かな心情や健やかな身体の育成を目指し、創造性豊かな教育実践に努める。

  1. 確かな学力の定着と個性の伸長を図るとともに、社会における自らの使命を自覚させ、将来の進路目標を早期に認識させる。
  2. 科学的・合理的なものの見方、考え方を身に付け、自主的学習態度と自律的生活態度を育む教育活動を進める。
  3. 文武両道を奨励し、学力、体力、気力の鍛錬を通じて、集団としての行動力やコミュニケーション力を身に付けさせる。
  4. 本校の歴史と伝統を重んじながら、豊かな人間性、創造性、道徳心を育む教育活動を展開する。

グラデュエーション・ポリシー

卒業までに、以下の資質・能力の育成を目指す。

  1. 卒業後も向上心を絶やすことなく、自ら学び続けることができる。
  2. 自分を大切にし、人を思いやり、集団の構成員としての役割を果たそうとする心情を確固とする。
  3. 新しい時代を切り開こうとする気概を持ち、有為な人材として社会に積極的に参加しようとする意思を持つ[1]。

カリキュラム・ポリシー

新しい時代を切り開くための資質・能力を育成するために、確かな知識理解力や思考力を身につけ自ら考えることのできる確かな学力と豊かな心情や健やかな身体を育成することを目指し、以下の方針を示す。

  1. 「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」をバランスよく培い、進路実現につなげることに注力する。
  2. 新しく構築した総合的な探究の時間を軸に、各教科に渡り応用力を磨く。
  3. 学校行事や地域活動への参加を活発にし、集団としての行動力やコミュニケーション力を身につける。
  4. 部活動を通して人間力を高める活動を大切にする[1]。

アドミッション・ポリシー

以下のような生徒を積極的に受け入れる。

  1. 集団の中において自らの役割を理解し、自ら考え積極的に貢献しようとする生徒
  2. 基礎的学力を身につけた上で、課題を解決できる力を伸ばそうとする意欲のある生徒
  3. 部活動や学校行事などに参加し、自らの人間力を高めようとする生徒
  4. 自他尊重の精神を持ち、人を大切にする意識が高い生徒[1]。

校訓

校訓は、「誠実」「剛毅」「雄大」である。1913年(大正2年)に奈良県立郡山中学校(旧制)の校訓として制定された。

  • 「誠実」- 何事にも真剣に取組み自らを欺かず、二心のないこと。偽らない直き心。
  • 「剛毅」- 強い意志を持ち、いかなる困難にも打ち勝ち、前進すること。不屈の心。
  • 「雄大」- 力強く、大きいこと。小さなことにこだわらず気宇壮大にして、ものごとを遠くひろくみつめること。大きな理想を持ち邁進すること[2]。

沿革

略歴

教育機関としての源流は、1876年(明治9年)創立の小学校教員養成所「郡山師範予備校」に遡る。大和国中学献金を財源として、1881年10月には中学校教則大綱による「府立郡山中学校」に改組され、当時の大阪府において最初に設置された中学校であった。

1893年10月1日、「奈良県吉野尋常中学校」と統合する際、新設合併により、奈良県尋常中学校を開設し、旧奈良県郡山尋常中学校校地を継承した[6]。この年を創立年、この日を創立記念日とする。

2004年(平成16年)に奈良県立城内高等学校(以下、城内高)を統合する際、吸収合併による存続校となり、県内の公立高等学校最大規模のマンモス校となった。

年表

  • 1876年(明治9年)
    • 8月 - 小学校教員の養成を目的として、奈良県添下郡南郡山村字三の丸に所在した旧郡山藩邸内に「郡山師範予備校」[7][6]を開設。
    • 10月 - 奈良県の堺県への編入合併に伴い、「堺県師範学校分局郡山学校」と改称。
  • 1878年 - 同校中学科が設置され、中等教育の実施開始。
  • 1880年 - 中学校開設を視野に入れた移転新築が計画され、柳沢保甲から4,000円の献金が実行された。堺県も700円の予算を編成。
  • 1881年
    • 1月 - 同郡北郡山村の郡山城址二の丸に移転し、校舎を新築[6]。
    • 3月 - 堺県の大阪府への編入合併に伴い、「大阪府立堺師範学校分校郡山学校」と改称。

府立郡山中学校・郡山尋常中学校・奈良県郡山尋常中学校

  • 1881年
    • 7月16日 - 同校小学師範学科は大阪府立堺師範学校分校奈良学校に吸収統合され、廃止。一方、「大和国中学献金[注釈 2]」を財源とした同校中学科は[8]、中学校開設に向け単独学科として存続。
    • 8月8日 - 大阪府立堺師範学校分校奈良学校中学科を吸収統合。
    • 10月11日 - 同校中学科は、大阪府で2校目の中学校教則大綱による中学校として改組され、「府立郡山中学校」と改称。大阪府立堺師範学校分校郡山学校を廃止。
  • 1886年
  • 1887年11月 - 奈良県の分割再設置に伴い、「奈良県郡山尋常中学校」と改称[6]。

奈良県尋常中学校・奈良県郡山中学校・郡山中学校

  • 1893年10月1日 - 奈良県尋常中学校を開設。
  • 1896年
    • 3月 - 高市郡八木町に「奈良県尋常中学校畝傍分校」を、宇智郡五條町に「奈良県尋常中学校五條分校」を設置。
    • 4月1日 - 奈良県尋常中学校畝傍分校および同校五條分校を開校。
  • 1899年
  • 1901年6月 - 奈良県立郡山中学校と改称。
  • 1913年(大正2年)8月 - 校訓「誠実・剛毅・雄大」を制定。
  • 1943年(昭和18年)4月1日 - 中等学校令施行に伴い、昭和18年度入学生より修業年限を4年とする。
  • 1944年 - 学徒勤労動員を開始。
  • 1945年
    • 3月 - 教育ニ関スル戦時非常措置方策に基づき、修業年限短縮の前倒しが実施され、昭和15年度入学生と昭和16年度入学生の合同卒業式を挙行[注釈 6]。
    • 4月 - 戦況の悪化により授業が停止される。但し、学徒勤労動員は継続される。
    • 9月 - 授業が再開される。
  • 1946年4月1日 - 改正中等学校令施行に伴い、修業年限を5年とする[注釈 7]。
  • 1947年4月1日 - 生徒募集を停止し、新制「奈良県立郡山中学校併設中学校」(以下、併設中学校)[注釈 8]を併設。

郡山高等学校

  • 1948年
    • 4月1日 -「奈良県新制高等学校設置要項」(暫定案)に基づき、奈良県立郡山中学校を、通常制普通課程を置く男子校の新制奈良県立郡山高等学校に転換[注釈 9]。併設中学校を継承し、「奈良県立郡山高等学校併設中学校」に改称[注釈 10]。
    • 5月 - 同窓会を冠山会と命名。
    • 9月1日 - 「奈良県公立新制高校実施要項」[注釈 11]に基づき、「郡山町立郡山城東高等学校」(女子校)、「奈良県立郡山農業高等学校」を吸収合併し統合。男女共学を開始。
    • 11月 - 通常制農業課程を設置。総合制となる。
  • 1949年
    • 2月 - 平群分校設置。
    • 3月31日 - 併設中学校を閉校、廃止。
  • 1950年4月1日 - 定時制普通課程を設置。
  • 1956年4月1日 - 通常制女子課程(家庭課程)を設置。
  • 1958年4月1日 - 通常制農業課程を分離し、奈良県立郡山農業高等学校として独立させる。
  • 1960年4月1日 - 理化館が完成。
  • 1962年4月1日 - 奈良県教育委員会規則改正により設置課程の名称を改称。
    • 通常制を「全日制課程」、定時制を「定時制課程」に改称。普通課程を「普通科」、家庭課程を「家庭科」に改称。
  • 1963年10月 - 創立70周年を記念して新体育館と冠山会館(同窓会館)が完成。
  • 1964年3月31日 - 定時制課程普通科を廃止。
  • 1968年3月31日 - 全日制課程家庭科を廃止。
  • 1969年3月 - 東館(特別教室)が完成。
  • 1972年3月 - 平群分校廃止。
  • 1974年1月 - 鉄筋コンクリート造2階建ての校友会館が完成。
  • 1983年6月 - 創立90周年を記念して日本庭園「共慶園」が完成。
  • 1992年(平成4年)9月 - 創立100周年を記念して新本館が完成。
  • 1993年10月 - 創立100周年記念式典を挙行。
  • 2000年3月 - 新武道場が完成。
  • 2004年4月1日 - 奈良県立城内高等学校(城内の読みは「じょうない」)と合併し統合。既存校舎を「冠山学舎」と、旧・城内高校校舎を「城内学舎」とした。城内学舎については主に1、2年生用の校舎として使用された。
  • 2006年4月1日 - 旧・城内高校の創立100周年。
  • 2014年10月31日 - 創立120周年記念式典を挙行[注釈 12]。
  • 2018年
    • 3月31日 - 城内学舎を閉鎖。
    • 4月1日 - 3学年とも冠山学舎での教育を開始。
  • 2021年(令和3年)2月 - このころ、前年2月から進められていた旧・城内学舎の解体撤去工事が完了(体育館を除く)。
  • 2023年10月11日 - 創立130周年記念式典を挙行[注釈 13]。
  • 2024年4月 - 県教育委員会より進学教育重点校に指定される[注釈 14]。

郡山城東高等学校

  • 1911年(明治44年)4月1日 - 郡山町立実科高等女学校が開校。
  • 1920年(大正9年)4月1日 - 奈良県郡山高等女学校(町立)と改称。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 生徒募集を停止し、新制「奈良県郡山高等女学校併設中学校」を併設。
  • 1948年4月1日 - 「奈良県新制高等学校設置要項」(暫定案)に基づき、奈良県郡山高等女学校を、通常制普通課程を置く女子校の新制郡山町立郡山城東高等学校に転換。

郡山農業高等学校

  • 1906年(明治39年)4月1日 - 奈良県生駒郡立農学校(実業学校)が創立される。
  • その後、移管などにより奈良県立生駒農学校、奈良県立郡山園芸学校、奈良県立郡山農学校に改称[9]。
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 「奈良県新制高等学校設置要項」(暫定案)に基づき、奈良県立郡山農学校を、通常制農業課程を置く新制奈良県立郡山農業高等学校に転換。

城内高等学校

基礎データ

所在地

奈良県立郡山高等学校の位置(奈良県内)
奈良県立郡山高等学校

通学区域

  • 奈良県内全域

アクセス

バス

  • 奈良交通 郡山イオンモール線(11系統)・郡山小泉線(20・71・72系統)・奈良学園線(24系統)・郡山若草台線(37系統)・奈良法隆寺線(51・88・97・98系統)
「郡山市役所」停留所より西へ約250m(徒歩約3分)

鉄道

象徴

校章

2004年(平成16年)の統合で新しい郡山高等学校がスタートし、新たに校章が作られた。郡山高等学校、城内高等学校それぞれの創立以来のシンボルである「桜」、「うまごやし」を重ね合わせ、それらを郡山城址の石垣が支えている形を図案化したものである。中央に学校名「郡高」の文字を縦書きに置く。

「桜」は、旧制中学校からの伝統を引継ぎ、生徒の心の美しさと能力の開花、そして自己表現を表しており、「うまごやし」は、万物の母である土を豊かにするもので、生徒が豊かに育つ恵まれた教育土壌・環境を表している。そして、それらを歴史と伝統の象徴である「石垣」が力強く支え、揺るぎない存在感を表すとともに、更なる発展への願いが込められる[11]。

尚、現校章の制定に際し、郡高および城内高の卒業生多数から反対意見が寄せられた。

校歌

作詞は岡本敬、作曲は山岸貞一による。歌詞は3番まであり、各番に校名の「郡高」が登場する[12]。

設置する課程、学科、コースならびに定員

生徒数は1,000名超、教職員数は約100名の大規模校であり、男子生徒よりも女子生徒が多い。2015年(平成27年)度まで募集人員は400名(10クラス)であったが、2016年度より40名(1クラス)減員での生徒募集となる。2022年度および2023年度は18名増員での生徒募集が実施された。

教育課程

2000年(平成12年)度から2007年度までの8年間、65分授業(5限)を実施していたが、2008年度より50分授業(6限、火・木は7限)を実施。教育課程については、2年次より文型と理型の2類型に分かれ、3年次より学校設定科目を含む選択科目を増やして様々な進路に対応出来るようにされている。

文型

2年次に「音楽Ⅱ」、「美術Ⅱ」、「書道Ⅱ」ならびに学校設定科目「ライフデザインⅠ」の中から1科目2単位を選択履修する。

3年次に学校設定科目「国語探究」および「数学探究」の中から1科目2単位を選択履修する。また、3年次に「音楽Ⅲ」、「美術Ⅲ」、「書道Ⅲ」、学校設定科目「発展地理」、「発展日本史」、「発展世界史」ならびに「ライフデザインⅡ」の中から1科目2単位を選択履修する。

国語

2年次および3年次に「文学国語」4単位を2単位づつ履修する。

地理歴史

2年次に学校設定科目「地理精読」、「日本史精読」ならびに「世界史精読」の中から1科目1単位を選択履修する。

3年次に「地理探究」、「日本史探究」ならびに「世界史探究」の中から2年次に選択した履修科目3単位を継続履修する。

公民

3年次に「倫理」および「政治・経済」の中から1科目2単位を選択履修する。

数学

3年次に学校設定科目「数学理解」2単位を履修する。

理科

3年次に学校設定科目「探究物理」、「探究化学」ならびに「探究生物」の中から2科目4単位を選択履修する。

総合的な探究の時間

2年次および3年次に各1単位を履修する。

理型

地理歴史

3年次に学校設定科目「発展地理」、「発展日本史」ならびに「発展世界史」の中から1科目3単位を選択履修する。

理科

2年次に「化学」2単位を履修し、「物理」および「生物」の中から1科目3単位を選択履修する。

3年次に「化学」5単位を履修し、「物理」および「生物」の中から2年次に選択した履修科目4単位を継続履修する。

理数

2年次に「理数探究」2単位を履修し、総合的な探究の時間2単位を代替する。

理α型

数学

3年次に学校設定科目「数学探究」4単位を履修する。

理β型

数学

3年次に「数学Ⅲ」4単位を履修する。

特別活動

学校行事

1学期
2学期
  • 9月
    • 郡高祭(文化祭) - 二日間にわたって開催される。
    • 修学旅行・校外学習
  • 10月 - 学校説明会・体験入学
  • 11月 - 授業参観・育友会教育講演会
3学期
  • 1月 - カルタ大会
  • 2月 - 冠山会入会式・3年生を送る会
  • 3月
    • 卒業証書授与式
    • 進路実現発表会

部活動

文化部は20(内、局3、同好会2)、運動部は17あり、クラブ数は37である。

文化部

運動部

硬式野球部は、旧制中学校時代を含め、春の甲子園センバツ大会に6回、夏の甲子園選手権大会に6回の各出場経験がある[13]。

春のセンバツ甲子園大会 - 1971年(第43回)・1978年(第50回、ベスト8進出)・1982年(第54回、ベスト8進出)・1995年(第67回)・1997年(第69回)・1998年(第70回、ベスト8進出)
夏の甲子園大会 - 1933年(第19回、ベスト8進出)・1966年(第48回)・1971年(第53回、ベスト4進出)・1974年(第56回、ベスト8進出)・1993年(第75回)・2000年(第82回)

かつて1963年度から2009年度迄の47年間、森本達幸が同高野球部の監督として采配。奈良代表では甲子園常連の強豪校である天理・智弁学園と共に、「奈良御三家」とも呼ばれていた[14][15][16]。

サッカー部は第93回全国高等学校サッカー選手権大会に出場し、柔道部は 平成25年度近畿高等学校柔道新人大会(男子個人81kg)に出場。また、剣道部は、全国大会に多数出場している。

高校関係者と組織

高校関係者組織

併合校2校の同窓会と存続校の同窓会が統合されている。

  • 奈良県立郡山高等学校学校運営協議会 - 保護者、地域住民、校長、関係行政機関の職員の中から委嘱された委員による機関。学校運営及び当該運営への必要な支援に関して協議する。
  • 奈良県立郡山高等学校育友会 - 生徒保護者による保護者会組織で、会員は入会金及び年会費を納入する。
  • 奈良県高等学校PTA協議会 - 奈良県立教育研究所内に事務局を置くPTA協議会。奈良県立郡山高等学校育友会の会員をもって会員とし、会員は単位PTA分担金として会費を納入する。
  • 冠山会(かんざんかい) - 前身学校を含む卒業生による同窓会組織。本部ならびに事務局を同校内に所在する同窓会館「冠山会館」に置く。

高校関係者一覧

その他

  • 1922年に吉野周辺を登山している郡山高等女学校生徒の映像(『吉野群峯』内務省製作)が2018年に再発見される。奈良県内を撮影した映像としても最古のものとなっている[17]。

脚注

関連項目

外部リンク

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