上田兵吉
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名東郡加茂村で、杉崎組蔵の三男として生まれる。徳島中学校を卒業し、陸軍幼年学校を経て、1891年(明治24年)7月20日に第2期士官候補生として陸軍士官学校を卒業し、1892年(明治25年)3月21日、歩兵少尉に任官される。同期には菅野尚一大将・森岡守成大将・鈴木孝雄大将らがいる。1895年、上田有澤大将の養子となった。
中尉・大尉と進み1902年(明治35年)11月に陸軍大学校(16期)を卒業する。階級は中佐となり、1908年(明治41年)6月15日、侍従武官に任命され、1912年(明治45年)3月11日、陸軍大佐に進む。1912年(大正元年)11月27日に歩兵第44連隊長を補され、1914年(大正3年)8月10日、本郷房太郎師団長のもと第17師団参謀長に就任する。1915年(大正4年)から師団は満州に派遣された。
1917年(大正6年)8月6日、陸軍少将に任官され、歩兵第24旅団長に就任する。1919年(大正8年)7月25日、待命となり、同年11月1日、予備役編入。義父有沢薨去に伴い、1922年(大正11年)1月20日に男爵を襲爵した[3]。
1925年(大正14年)4月8日、補欠選挙で貴族院男爵議員に選出され[4]、公正会に所属し死去するまで在任した[2][5]。妻は三浦梧楼の娘。