上越新聞 (1940年-1942年) From Wikipedia, the free encyclopedia 『上越新聞』(じょうえつしんぶん)は、かつて上越新聞社が刊行していた、新潟県高田市の地域紙。1940年、全国的に新聞統制が進められる中、それまで高田市で発行されていた『高田新聞』と『高田日報』が合併し、上越地方唯一の日刊紙として12月1日付から刊行された[1][2]。その後、統制がさらに進められ、県知事の介入もあって、『新潟日日新聞』、『新潟県中央新聞』との3紙合併が実現し、3紙は1942年10月末で発行を止め、11月1日に創刊した『新潟日報』に事業が継承された[1][3][4]。 1 2 「言論・出版・宗教の統制」『新潟県史 通史編8 近代三』新潟県、1988年、643-645頁。 ↑ 『高田市史 第二巻』「新聞の復活」1958年、pp.645-647 では、『高田新聞』、『高田日報』に加え、『高田毎日新聞』が合併に加わったとしている。 ↑ “新潟日報の社名の由来”. 新潟日報. 2019年3月28日閲覧。 ↑ “新潟日報(新潟新聞)”. ニチマイ. 2019年3月28日閲覧。 外部リンク 郷土の新聞一覧 - 上越市立図書館/高田図書館 この項目は、報道に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:メディア)。表示編集 Related Articles